土曜日の夜、テレビではちょうど恋愛ドラマが始まったところだった。
毎週欠かさず見ていてとても楽しみにしているこのドラマ。いつもシンジと食事しながら、あーでもないこーでもないと感想を言い合う。
アタシに彼がいたときもこれだけはずっと変わらない習慣で、毎週土曜日元カレがバイトのこの日だけはシンジが前みたいにごはんを作ってくれてた。
今思えば、バイトって言いながら他の女と会ってたのかもしれなけど。
このドラマを見るとき、気が小さくて幼なじみに想いを告げられない主人公の女の子に向かってアタシは決まってこう言った。
「さっさと告白しちゃいなさいよ。じれったい。のんびりしてると誰かにとられちゃうわよ」
「みんながアスカみたいだったら、ドラマにならないよ」
そう言ってシンジが笑う。
そして「悪かったわね。ガサツで」と膨れるアタシをシンジは楽しそうに眺めるのだ。
シンジはあの日から一度もアタシの前には現れてはいない。
それどころかどうやら学校にも来ていないみたいで、木曜日になっても金曜日になっても一度だってシンジを見かけることはなかった。
シンジの顔を見たら決意が揺らぎそうだから、またシンジに頼っちゃいそうだから、シンジに会わないようにそればかりに気を使った。
顔を合わせなくていいように、授業中も登下校中も、細心の注意を払ってシンジを避けた。
でも結局シンジには会えなくて。否、会わなくて。
アタシがシンジを避けてたつもりだったけど、シンジがアタシを避けてるのかも。
まだ怒ってるのかな。
だからって学校にも来ないなんて、ちょっと大人げないわよ。
最近のアタシは、そんなことを考えてばかり。当然ドラマの内容なんて、サッパリだ。あんなに楽しみにしてたのに。
なぜだろう。ひとりで見ても全然面白くない。
ピピピピピピピピピ
ボーッとしていたアタシは、突然のアラーム音にビクッとした。
スパゲッティ茹でてたの忘れてた。
アタシは冷蔵庫に貼り付いているタイマーを止めると、トング片手に茹で上がったスパゲッティを皿に盛る。
今日のスパゲッティはクリームミートソース。もちろんレトルト。
それでも熱々のソースをかけると、ホカホカと湯気を立てて私の食欲をそそった。
「いっただきまーす」
誰に言うでもなくひとりで呟く。
フォークにクルクルとスパゲッティを巻き付け、それを口に運んだ。
「おいしい」
今日のスパゲッティは本当においしかった。
レトルトのソースがおいしいのはもちろんだが、茹で加減も抜群で。
これがこの数日、シンジに頼らずに生活をしてきた小さな成果だった。
だけど、本当においしくできたんだけど、でもやっぱり。
「シンジの作ったごはん、食べたい……」
アタシがシンジの料理をおいしいって言ったときの、うれしそうなシンジの顔が目に浮かぶ。
そんな思いを振り払うようにアタシは頭をブンブンと振ると、無理矢理テレビドラマに神経を集中させた。
先程とは一転。ドラマには不穏な空気が流れていた。
主人公の女の子が、ボー然とした表情で立ち尽くしている。
彼女の視線の先には、彼女の親友と抱き合う大好きな幼なじみの姿があったから。
バカね。アタシの言った通りじゃない。早く告白しないから、こんなことになるのよ。今までずっと近くにいたからって、これからもずっと傍にいてくれるかどうかなんてわからないんだから。
「こんなにイイ女が近くにいるのに気づかないなんて。本当にバカなんだから」
アタシはポツリと呟いた。
月曜日。また長い一週間が始まった。
先週の今頃はまだシンジとケンカしてなくて、一緒に授業受けて一緒にごはん食べて一緒に居酒屋行って。
元カレと別れて、もう一週間経つのかぁ。
一週間なんてあっと言う間ね。
ってことはシンジとケンカしてから一週間か。
もっと詳しく言うと、アタシがシンジを押し倒してからちょうど一週間。
シンジに会えなくなって、ひとりでごはんを食べるようになって、ひとりでテレビを見るようになって、話し相手がいなくなって、ケンカの相手がいなくなって。
シンジが恋しくなって。
たったの7日なのに、一週間って長いなぁ。
シンジ、何してるのかなぁ。
アタシは学校中を歩き回った。心当たりのある教室を片っ端から見て歩く。
少しでいいの。シンジが今どうしてるのかだけでいいの。アタシのことを怒ってるとか、それだけでもいいの。
少しでいいから、シンジが今どうしているか知りたいの。
べ、別にアタシが寂しくなったわけじゃないわよ。シンジに逢いたくて我慢できなくなったわけでもないし、シンジの声が聴きたくなったわけでもないんだから。
ただシンジに謝ってないし。この前のこと、まだ謝ってないし。誤解されたままだと気分悪いし。そのなんて言うか、だからつまりはそういうことで、シンジに会いたいからとかそういうんじゃないんだから。
家族なんだから心配くらいしたっていいじゃない。
自分で自分に言い訳しながらアタシは足を速めた。
こうしてる間もシンジは遠くへ行っちゃいそうで、このまま消えて失くなっちゃいそうで、もう二度と会えないような気がして。
だから一生懸命探してるのに、なのにどこにもいない。携帯も繋がらない。
帰りにシンジの家に寄ってみようかな。
ほらだって、高熱で倒れてたりするかもしれないし。
あっ、でももしかしたら……彼女と一緒なのかもしれない。
アタシ、やっぱりシンジの家には行けない。そんな勇気、ない。そんな勇気あるわけない。
アタシは近くのベンチに座って、通り過ぎる学生たちをボーッと眺めた。
もうシンジを捜すのは止めた。
こんなに捜しても見つからないってことは、シンジがアタシに会いたくないってことでしょう? シンジがそんなにアタシに会いたくないってことは、彼女がとても大切だからでしょう?
アタシ、そんなシンジに会いたくない。<知らない女のそばで幸せそうにしてるシンジなんて見たくないもの。アタシ以外の人を幸せそうに眺めるシンジなんて、見たくないもの。どんな優しい声でどんな優しい眼差しで、シンジが彼女を大切にしているかなんて知りたくないもの。
知ったらきっと、辛くなる。
でもシンジが元気でいるかどうかくらいは、聞いてもいいわよね。友達に聞くだけなら、そのくらいはしてもいいわよね。
アタシは立ち上がると佐藤のいる教室へ向かった。アタシの知る限り、アタシやヒカリを除いてシンジが大学でいちばん仲良くしているのが、彼だから。たぶんアイツなら何か知っていると思うから。
授業が終わるまではまだ20分くらいある。
アタシは佐藤が授業を受けている教室の前に立ち、授業が終わるのをひたすら待った。
こうしてボーッとしているとダメ。やっぱり考えちゃうの。シンジのことばっかり、考えちゃうの。
シンジのせいでアタシの心に開いた穴は、思った以上に大きかったみたい。
なぜだかわからないけど、アタシにもわからないんだけど、シンジがいないと、シンジに会えないと、シンジのことを考えると、胸の奥がキュゥッてなる。
苦しい。
何度も何度も時計を見て、授業が終わるのを今か今かと待ちわびた。
あと10分。あと5分。
長い長い5分の後、ドアがカチャッと開いて教室から教授が出てきた。
授業が終わったのを確認して、アタシは教室に飛び込んだ。
次から次へと出口に向かう生徒の波に逆らうように、アタシは教室の奥へと進んで、佐藤の姿を探す。
生徒の波が途切れた隙に辺りを見回して、そしてアタシはようやく教室の隅で友人と談笑している佐藤を見つけた。
「佐藤っ」
「おぅ、久しぶりだな」
佐藤はアタシに向かって右手を軽く上げた。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」
「何?」
「最近シンジがどうしてるか、知らない?」
「ああ、碇ね。俺も気になってたんだよね。あいつこの前から全然学校来てなくてさ。携帯も繋がらないし」
「やっぱり、学校来てないんだ」
「ああ。碇にしては、珍しいよな」
嫌な予感、的中。
「シンジから何か聞いてないの?」
「ほら、先週岡田と教室を出て行った話しただろ? あれっきり戻って来なかったんだよ。それから学校来てないし。どうしたんだろうな?」
アタシの心配してた通り。シンジがいなくなっちゃった。
「ありがと。呼び止めて悪かったわね」
なんだか力抜けちゃった。
シンジ、いないんだって。どこにいるかわからないんだって。電話も繋がらないんだって。
フラフラと歩き出したアタシを心配してくれたのかな。
佐藤がこう付け加えた。
「岡田に聞いてみたら? 何か知ってるかもしれないし」
そうね。もうそれしかないかもね。
シンジの彼女に聞くなんて本当はすごく嫌だけど、でももう他に聞ける人いないから。
シンジが元気でいるかくらいは教えてもらおう。
そして、アタシが謝ってたって伝えてもらおう。
「そうね。それがいいわね。アタシ岡田さんて知らないの。教えてくれる?」
「ほら。入口に立ってる、あの娘だよ」
佐藤が教えてくれたその人は、目がパッチリして透き通るように色の白い女の子だった。
そしてアタシとは正反対のとても大人しそうな印象の娘。いかにもシンジが選びそうな感じ。シンジがあの娘を選んだの、なんかわかる気がする。
アタシは覚悟を決めて岡田さんに近づく。心臓がバクバクする。その距離が近くなればなるほどアタシの心臓は音をたてて。
ほら、また。胸の奥が、キュゥッてなった。
「岡田さん」
「はい?」
つややかな長い黒髪をなびかせて、岡田さんが振り向いた。
...続く
あとがき
ついにシンジの彼女なる人物の登場です。
アスカは一体どうするのでしょう?
シンジはどうしちゃったの?
忘れてませんよ。これはLASです。
間違いなく、LASです。
第6話もぜひ読んでくださいね。