アタシのいちばん欲しいもの。

それは大きなぬいぐるみでもない。
素敵なドレスでもない。
靴もバックももちろん欲しいけど、それはちょっと違うと思う。

高価な宝石? ううん。これも違う。
もちろんお金なんかじゃない。

アタシのいちばん欲しいもの。

……アタシのいちばん欲しいものは、なんだろう。



「ねぇ、ひどいと思わないっ!?」

アタシはビールをぐいっと飲み干すと、カウンターに向かって片手を上げた。

「おじさん、生ビール追加ねっ」

空になったジョッキをダンッと荒っぽくテーブルに置く。
シンジは苦笑いしながら、そんなアタシのやけ酒に付き合ってくれていた。

あれから早いもので5年の月日が流れた。
全てが終わったあの日、LCLの海の浜辺に横たわっていたアタシたちは、アタシたちと同じ様に還ってきた仲間に救助された。
それはマヤであり日向さんであり青葉さんであり冬月副司令であったんだけど。
そこにアタシたちの保護者はいなかった。

そのときからアタシとシンジは普通の中学生に戻った。
もちろんすぐに何もかもが元通りになったわけではない。
しかしながら残った人たちが皆、アタシとシンジには最大限の計らいをしてくれたので、なんとかやってこれたって感じだ。

そして今、時の流れとは恐ろしいものだと身に染みて感じている。
あのときの苦しみや悲しみ、大切な人を亡くした胸の痛み、そして何よりも自分たちの身に起きた残酷な現実さえもほとんど思い出せなくなっていた。

高校に上がる年、アタシとシンジはミサトの家を出た。
本当はミサトの匂いが残るあの部屋を離れたくなかったんだけど。
そこで生活することがミサトの生きた証のように思えてならなかったから。

でも周りの人間はそうはさせてくれなかった。
当然と言えば、当然かもね。
自分たちも気づかぬ間に、アタシもシンジも少しづつ大人になっていったんだもの。
その証拠に、シンジの身長はぐんぐん伸びてあっと言う間にアタシより頭一つ分大きくなった。
アタシも大きくなっているはずなんだけど、この差はなんだろう。
成長期の男の子の発育の凄まじさに圧倒されながら、次第にアタシはシンジを見上げるようになっていた。

だからといって何が変わったわけじゃない。
帰る家こそ別々になったが、家事の苦手な私はよくシンジの家に入り浸って食事から洗濯までシンジの世話になっていた。
シンジも当たり前のようにそれを受け入れた。
高校も、そして大学も一緒だったから、ほとんど一日中寝るとき以外はずっと一緒。
アタシはこれからもずっとこんな日が続くと思っていたんだけど……

でも最初にそれを壊したのはアタシだった。
大学に入ってアタシに彼氏ができたのだ。

それまで彼氏はいなかったのかって?
そう言われてみればそうよね。
こんなイイ女にこの歳まで彼氏がいなかったなんて、ヘンよね。
でもね、アタシがモテないとかそういうことじゃないのよ。
もちろんラブレターは山のようにもらったし、告白だって何回もされた。
でもいまいち興味が持てなくて。
だって、みんなと遊んでる方が楽しかったんだもの。
ヒカリとかシンジとか、みんなではしゃいで遊んでバカ騒ぎして。
普通の学生がするようなこと、今までできなかったこと、いっぱいしたかったんだもの。

だからこのときの彼が、アタシの初めてのボーイフレンド。
相手はひとつ上の先輩。
同じ学部の人でアタシに一目惚れしたらしい。
これがシンジとは比べ物にならないくらいの超イイ男!
ま、これだけの美貌を持ったアタシには当然のことだけどね。
みんなの羨望の眼差しに気を良くしたアタシは、彼の申し出を快く受けた。

そうして段々とシンジの部屋から足が遠のいた。
初めての彼氏に浮かれていたのもあったけど、何よりシンジが嫌がったから。
「彼氏に悪いだろ」ってすごく怒って。
そんなの気にするなんて、ヘンなの。
まあ、シンジらしいといえばシンジらしいけど。

そんなアタシがどうして居酒屋でシンジに愚痴をこぼしているのかというと……

あの男、このアタシという絶世の美女を彼女にしておきながら二股かけてたのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
そんなの信じらんないっ。
ありえないっ。
許せないっ。
たったの2ヶ月よ! たったの60日よ!! そんなのってある!?

「あまりにも簡単に落ちるから、暇つぶしにもならなかったよ」だと〜?

「惣流と付き合っとけば、箔が付くからさ」
ふざけんな!!

「お前ならいくらでも男、いるんだろ?」
アタシはそんな軽い女じゃない!!

プリプリと怒るアタシを、シンジはニコニコしながら眺めている。
時には相槌を打ったり時には肩を竦めたり。
それでも嫌な顔ひとつせず、アタシの気の済むまでアタシの愚痴に付き合ってくれた。
こんなところは昔と全然変わらない。

怒りに任せて、そしてシンジのそばが居心地良くて、たぶんアタシはすごく飲んだんだと思う。
その後、居酒屋でどのくらいの時を過ごしたのか思い出せない。
気が付いた時には自分の家の玄関の前だった。
もちろんそばにはシンジがいて、肩でアタシを支えて。
アタシのバッグの中から探し出した鍵で玄関を開けた。

「アスカ、着いたよ。ほらっ、しっかりして。僕もう帰るから、ちゃんと鍵閉めるんだよ」

「は〜い」

まるで保護者のような口ぶりのシンジに、アタシはとても物分かりのいい返事をしたのだが。
もう大丈夫とシンジの肩から腕を抜いたアタシは、見事に床に崩れ落ちた。

「あ、あれぇ?」

「あっ、アスカ!!」

シンジは慌ててアタシの両脇に腕を差し入れて、崩れ落ちたアタシを支える。

「はぁ……」

シンジの深いため息を聞いたアタシは、同時に身体がフワッと浮き上がったことに気が付いた。

「ちょ、ちょっと……」

アタシの顔のすぐ真上にあるのは……シンジの顔。
アタシはシンジに抱えられていた。
いわゆるお姫様抱っこっていうやつ。
別にシンジのことは何とも思ってないけど、初めてのお姫様抱っことあまりのシンジとの距離の近さに、カーッと顔が火照るのがわかった。
もちろんそれはお酒のせいだけじゃなく……ちょっと照れ臭かっただけ。

なんとなく不安な体勢に、ギュッとシンジの胸元のシャツを握りしめた。
なんか全身を包まれている感じがして、また少し恥ずかしくなって俯いた。
とっても温かくて、シンジの匂いがする。
私のことを軽々と抱き上げたその腕は知らない間に逞しい男の人のそれになっていて、当たり前のことなんだけどでも少し驚いた。
もう、男の子じゃないんだね。

酔った頭でぼんやりとそんなこと思ったとき、アタシの身体はそっと優しくベッドの上に下ろされた。
ひんやりとした感触に一瞬だけ頭が覚醒する。
でも横になって全身を酔いに呑まれると、再び頭に靄がかかった。

シンジはアタシの足から優しく靴を脱がせて立ち上がる。

「今、お水持って来るね」

そう言い残して去っていったシンジが再びアタシのそばまでやって来た時には、靴の代わりに水で満たしたコップを手にしていた。

「アスカ、ほら、お水だよ」

アタシはシンジの助けを借りながら、なんとか水を飲み干す。
シンジはアタシが水を飲む様子をじっと見ていたけど、水が全てなくなると少しホッとした顔でアタシから空のコップを受け取ると、アタシをベッドに横たえた。

「じゃあ僕もう帰るからね。鍵は閉めたらドアの新聞受けから中に入れておくから。おやすみ、アスカ」

「はーい。おやすみ〜」

そう言ってシンジを見送ったつもりだったんだけど。

「ん……な、なに?」

シンジが驚いて振り返る。
なぜだかわからないんだけど、アタシも知らない間にアタシの左手はしっかりとシンジのシャツの裾を握りしめていた。

「アスカ、どうかした?」

「別に……」

別にどうもしないのよ。
アタシだって良くわからないんだら。
気が付いたらシンジのシャツを掴んでたんだから。

「だってこれ?」

「…………」

「アスカ、放してくれないと帰れないんだけど」

ちょっと困った顔のシンジが、アタシに言い聞かせるように言う。

そんなのわかってるけど、でもこの手放したら、シンジ、帰っちゃうんでしょう? こんなに酔っ払ってるアタシをひとり残して、帰っちゃうんでしょう? 別に寂しくなんかないけど。全然寂しくなんかないけど。
でも、もう少しくらい一緒にいてくれてもいじゃない。
今日、アタシ、ふられたのよ。
すごくすごく傷ついたんだから。

「もう少しだけ、ここにいて?」

お酒のせいで気が大きくなっていたのか、失恋のせいで弱気になっていたのか、自分でも驚くくらい甘えた声を出していた。

「えっ……?」

「だから、もう少し一緒にいてほしいの」

「アスカ……」

シンジは困ったなぁといった面持ちで頭を掻きながら時計をチラッと見ると、ドサッと音を立ててベッドの脇に腰を下ろした。

「あと少しだけだよ。あと少ししたら帰るからね」

「うん。わかった」

アタシは小さく頷いた。



...続く




あとがき

ついに無謀な連載を始めてしまいまいした。
第1話、いかがだったでしょうか。
相変わらずマッタリした話ですよねぇ。
でも連載です。アスカお誕生日記念です。このまま終わるわけ、ありません。
次話から、いろんなこと、起こりそうな予感です。(っていうか、もう書いてますwww)

週刊を目指していますが、話の進み具合によっては、
それより頻繁な公開になるかもしれないし、もっと少なくなるかもしれません。
とにかく、予定通りの完結を目指して、がんばります。




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