雨。朝から絶え間なく降り注ぐ天の恵み。それは恵みと言うには少し騒々しいほどの量となって、外の世界と私の世界を完全に遮断する。
アタシはリビングのソファに寝転んで、窓の外、ベランダのさらに向こう側を眺めていた。
って言うか、いいかげんに止んでよねぇ。せっかくの土曜日だって言うのに、これじゃどこにも出かけられないじゃないっ。ミサトでもいれば車が使えるのに。まあ、あんな運転でもないよりマシよね。バスって手もあるけど、この土砂降りじゃバス停に着くまでにずぶ濡れになっちゃうから、絶対にパス。家にある雑誌は全部読んじゃったし、面白いテレビもやってないし。あ〜、退屈ぅ。
そうそう、こんな日はやっぱりシンジにかまってもらうに限るわよねぇ。そういえばシンジはずっと部屋に篭ってるけど、何やってるのかしら?
アタシはソファから飛び起きると洗面所に向かった。笑顔を作って鏡をチェック。ニコッ。いつ見てもかわいいじゃないのよ、アタシ。
同じ家で生活していて、毎日飽きるほど顔を合わせていても、それでもやっぱり少しでもかわいいアタシを見てもらいたい。
幸せなヤツめ。
クルッと踵を返すと、足取り軽くシンジの部屋に向かった。
「シンジ〜、入るわよっ」
アタシは躊躇無くシンジの部屋の襖を開ける。
ガラッ
「なあに、アスカ? 僕今ちょっと忙しいんだけど」
シンジは机に向かったまま、アタシのことを振り返りもしないで答えた。そんな様子に、アタシは少しだけイラッとする。
「シンジ、何やってるの?」
「宿題。アスカはもう宿題終わったの?」
「宿題? あぁ、あれねぇ。あんなの昨日学校にいる間にやっちゃったわよ」
「えぇっ、すごいねぇ。アスカ。もう終わってるの?」
シンジは驚いた顔で、今初めてアタシを振り向いた。アタシは胸を張って答える。
「あんなの簡単じゃない。シンジもそんなの早く終わらせなさいよ」
「う〜ん、でも僕にはちょっと難しくてもう少しかかりそうなんだ。それよりアスカ、何か用があったんじゃないの?」
「別に用はないけど、退屈だからシンジと遊んであげようと思ったのよ」
「そっか。ごめんね。今は遊べないや。あと少しだから向こうで待っててくれる? 終わったら一緒にゲームでもしよう?」
シンジは申し訳なさそな顔をして、再び机に向き直った。
むむっ。それだけ? それで終わり? もっと他に言うこと無いわけ?
「そんな宿題アタシが手伝ってあげるから、あとでいいじゃない。アタシは今ゲームがしたいの」
「ごめんね。でもあと少しなんだ。もう少しで終わりそうだから、やっちゃいたいんだよ」
「じゃあ、今、アタシが手伝ってあげるわ」
「でもこれくらい一人でやらないと。ありがとう」
「じゃ」
「アスカ!」
シンジはイスを回転させると、ちょっと怒った顔でアタシを振り向いた。
「アスカ、悪いけどあっちに行っててくれないかな。もう少しで終わるから」
「わかったわよ。静かにしてればいいんでしょ。静かに」
アタシは少し頬を膨らますと、シンジのベッドの上に転がって近くにあったマンガに手を伸ばす。シンジはアタシが大人しくなったのを確認すると、再びノートPCのキーボードを叩いた。
チェッ、つまんないの。あてが外れちゃったわ。このマンガも読んだことあるし。他には。
「シンジ〜、他に面白いマンガないの?」
「ベッドの脇に置いてあるよ」
アタシは本を手に取るとパラパラめくる。まあまあね。
「シンジ、雑誌は?」
「そこにあるでしょ?」
あった。あった。これね。『チェリストへの道』って、なにこれ?
「ねぇ、ファッション雑誌とかないの?」
「僕そういうの読まないよ」
そうよね。シンジが熱心にファッションの研究している姿なんて、想像できないわ。そんな人間が『平常心』なんて書いてある意味不明なTシャツ着るわけないものね。
聞いたあたしがバカだった。
「ねぇ、じゃあ」
「アスカ!!」
シンジは再びアタシを振り向いた。しかもさっきよりちょっと怒ってる。
「アスカ、静かにしてるって言ったでしょ。静かにできないならあっちに行っててよ。気が散って宿題が終わらないよ」
「わかったわよ。黙ってればいいんでしょ。黙ってれば!」
二度目のシンジのお叱りに、アタシは再びムッとした。
いいじゃない。かわいい彼女のおしゃべりくらい聞き流してくれたって。よぉし、どうにかしてシンジにかまってもらうんだから。こうなったら意地よ。声を出さず静かにしたままでシンジの興味をアタシにひきつける、一番効果的な方法は……
アタシは静かにベッドから降りると、そっとシンジの背後に回る。そして、そおっと、そおっと近づいて、ギュッ! 背後から両手を広げ、シンジの首に腕を回して抱きついた。
「あ、ちょ、ちょっと、アスカ!」
「いいの、いいの、気にしないで。くっついてるだけだから」
「えっ、で、でも」
「アタシ黙ってるから、気にしないで宿題やっちゃいなさいよ」
「黙ってるとかそういう問題じゃ」
「ごちゃごちゃうるさいわね。くっついてるだけなんだから別にいいじゃない。邪魔しないわよっ」
「じゃ、じゃあそこにいてもいいけど、本当に邪魔しないでよ」
「しない。しない」
そんなアタシを諦めたように、シンジは再び計算問題にとりかかった。アタシはというと、シンジの頭の上に自分の頭を乗せてうっとり。
シンジとくっついているこの時間がいちばん好き。あったかい。もうちょっとだけ。
抱きついている腕に少しだけ力を込めて、シンジの頭を自分の方へ引き寄せた。
??
キーボードを叩いていたシンジの手が止まった。おまけに髪の毛からのぞく耳が赤い。なんで?
ははぁん。胸ね。後頭部に当たってる、アタシの胸が原因ね。今ギュッっと力を込めたから、その感触で? きゃぁ、シンジのエッチぃ〜〜〜っ! って言うか、面白〜い!! 最高の暇つぶし、見〜つけたっ。
そんなことを思っている間に、しばらく止まっていたシンジの手が再び動き出した。
でも相変わらず耳は真っ赤なままで。アタシは何食わぬ顔で再び腕に力を込める。
シンジの手が止まる。
ぷぷぷ。面白〜い。おもちゃみた〜い。
もう一回。ギュッ。止まる。ギュッ。止まる。
ギュッ。止まる。
ぷぷぷ。もっと遊んでやろうっと。調子に乗ったアタシは、さっきよりわざとらしく胸を押し付けた。
ムニムニ。
一瞬、シンジの回りだけ時が止まったような気がした。でも反応なし。
じゃ、もう1回。ムニムニ。
突然シンジが顔を上げた。
「アスカ、ちょっと止めてよっ!」
さすがに黙っていられなくなったのか、でも顔は正面を向いたまま、シンジが抗議の声を上げた。後ろからでは良く見えないけど、シンジの顔はきっと真っ赤になっているに違いない。
「何? 何を止めるの?」
アタシはしらばっくれる。
「何って、その、その、胸を押し付けるのをだよ」
「なあに、シンちゃん。そんなにアタシの胸が気になるのぉ? 別に押し付けてなんかいないわよ。ただくっついてるだけじゃない」
「くっついてるって、でも」
「ほらほら、そんな雑念の塊じゃ、いつまでたっても宿題終わらないわよ。早く片付けちゃいなさい」
「でも」
「でもじゃないの! 早く終わらせちゃいなさいっ!」
「う、うん。」
腑に落ちない返事をしながらも、シンジは渋々宿題を再開した。
ベーッだ。さっきアタシをかまってくれなかった罰よ。まだまだ止めてやるもんですかっ。
アタシはさっきよりもっと強く抱きついた。
ムニムニ。ムニムニ。
シンジの手がキーボードから浮き上がった。そして抱きついていたアタシの腕を自分の首から引き離すと、イスをクルッと回転させる。真っ赤な顔は、さっきよりもっともっと怒っていた。
「アスカ、いい加減にしてよっ!!」
「な、なによ。そんなに怒ることないじゃないっ」
「そんなことばっかりしてると」
「何よっ」
ひと呼吸置いて、シンジが先制パンチを繰り出す。
「襲うよ」
思いがけないシンジの攻撃に、不覚にもアタシは一瞬怯んでしまった。でもそれがただのハタッリであることにすぐに気付く。
シンジにはそんなことできないわよね。だってアタシたちは約束したんだもの。
でもね、アタシは違う。アタシは、約束なんか。
アタシはシンジの攻撃を余裕でかわし、反撃する。
「いいよ」
シンジの瞳を見据えたまま、アタシはつぶやいた。そんな返答をシンジは予想していなかったのだろう。驚いた顔でアタシを見つめたまま時を止めている。
「何言ってんのよっ。馬鹿なこと言ってると、殴るわよ」
シンジはたぶん、アタシのこんなセリフを期待していたに違いない。でもね、そんなこと言ってやんない。そんなこと言っても、アタシたちは何も変わらないもの。
シンジと付き合うことになったとき、始めに二人で決めたルールがある。自分たちが責任のもてる年齢になるまでは、そういう関係にはならないという、約束。でなければ多分、うぅん、間違いなくアタシたちは一緒にいられなくなる。
アタシたちの関係の深さを線引しなければならないのは、とても哀しいことだけど、それ以上にシンジと離れ離れにさせられることの方が、アタシには耐えられない。だけど、その一方で、そんなのどうでもいいと思ってしまう自分がいるのも事実。
好きになればなるほどシンジに触れていたいと思うし、いっぱい抱き合っていたいと思う。いっぱいキスしたいし、そして最後はやっぱり、ひとつになりたいと思う。だからこのときアタシが言った「いいよ」は、本気。
今からそれを教えてあげる。
アタシは左手を伸ばして大きく目を見開いたまま固まっているシンジの右手を取ると、平均よりもかなり発育のいいと思われるアタシの左胸に重ねた。
「あ、アスカ」
シンジはアタシの目を見つめたまま、小さくアタシの名前を呼んだ。アタシは左胸に乗せられたシンジの右手を、さらに強く押し付ける。
あったかいでしょう? やわらかいでしょう? これがアタシ。これもアタシ。
「全部、シンジのだよ」
アタシは空いているほうの手をシンジの肩にかけると、顔を近づけてキスをした。啄むような、小さなキスを。ダメ、こんなんじゃ足りない。肩にかけていた右手をシンジの首に回すと、アタシは少しだけ口を開いてシンジの唇を食べちゃうみたいにキスをした。
本当に食べちゃいたいくらい、好き。大好き。
舌を伸ばしてさらにシンジの口腔内に侵入しようとしたそのとき、突然シンジの左手がアタシの腰を引き寄せた。思いがけず、アタシはシンジの膝の上に座る格好になる。二人分の体重を受け止めた回転イスが、キィッっと小さな悲鳴を上げた。それでもアタシたちの唇は繋がったまま。キスはもっと深くなった。そして気づけば、アタシが左手を離した後も、シンジの右手はアタシの胸から離れることはなかった。
シンジもアタシが欲しい?
シンジの右手にそっと力が込められる。
恐る恐るだった手の動きも次第に意志を持って動き始め、ついには乳房の形を大きく歪めた。
「んっ、ふぅ」
口の端から息が漏れる。声を止められない。だってすごく気持ちいいんだもん。シンジだったら、いいよ。何しても許す。だから。
アタシは覚悟を決めた。それなのに。
トゥルルルル トゥルルルル
アタシたちは、同時に身体をビクッと震わせた。ただの電話のベルにこんなに驚いてしまうのは、アタシたちの間に小さな罪悪感があったからなのか。
シンジは首を大きく後ろに反らせて、アタシのキスから逃げ出した。
「っはぁ、電話だ」
「ほっときなさいよ」
再びシンジの唇を食べようと身を乗り出したアタシを、シンジが制する。
「駄目だよ。ミサトさんかもしれないし」
シンジはアタシを抱き抱えるとそのままベッドの上に座らせ、そしてアタシを振り返りもせずに部屋を出て行った。
「はい。はい。わかりました。はい」
開けっ放しの襖のせいで、リビングにいるシンジの声が良く聞こえる。
電話の相手はミサトね。いつもタイミングよくアタシたちの邪魔をする。まさか、見られてる!? アタシは慌てて部屋を見回した。
ただの偶然か。野性の勘? それともただの間が悪い女ってこと? どちらにしても、監視の形跡が見当たらないことに安堵した。ミサトならやりかねないもの。
そんなことを一人考えていたアタシに向かって、電話を終えたシンジがリビングから声をかける。
「アスカ、今日はミサトさん夕飯いらないんだって。もうこんな時間だから、僕夕飯の準備しちゃうね」
それだけ言うと、シンジはひとりで日常へ戻って行った。アタシを振り返らずに、アタシの許にも戻らずに。まるで何事もなかったようなその態度に、アタシはひどく苛立った。
何事もなかったことにするつもり? 盛り上がっていたのはアタシひとり? シンジは違うの? シンジはアタシが欲しくないの?
意気地なし。
怒りの収まらないアタシは、手元にあった雑誌を壁に叩き付ける。バシッという派手な音と共に壁に張り付いた『チェリストへの道』は、そのまま床へ滑り落ちていった。
それからの時間、アタシたちはずっと無言だった。正確には、アタシがずっと無言だった。アタシの見る限り、シンジはいつもと何も変わっていないようだった。
なんで普通でいられるのよ。バカシンジ。
食事中も、もちろん食事が終わってからも、アタシはあからさまにシンジを避けた。好きなテレビ番組も見ないで部屋に閉じこもった。これだけすれば、鈍感なシンジでも、アタシが怒っていることに気づかないはずない。
アタシはベッドに仰向けに転がって、窓の外を眺める。昼間の土砂降りが嘘のような澄んだ星空が広がっていた。
いつの間に止んだんだろう。
ふと時計を見ると、22時を少し過ぎたところだった。いつもならすぐに謝りに来るくせに、今日に限ってはそんなそぶりも見せない。こんな時間になっても何も言いに来ない。
それがアンタの本心ね。
むしゃくしゃした気分を洗い流すべく、アタシはシャワーへ向かう。頭のてっぺんから爪先まで、体をつたって流れ落ちる滴と一緒に何もかも洗い流してしまいたい。アイツに触れられた胸の感触も、アタシが感じたアイツの温もりも。覚えていると苦しくなるものなら、全部消えてしまえばいい。
そんなことを考えながら歩いていたアタシは、リビングにいたシンジの存在に気付かなかった。
「アスカ、ちょっとこっち来て」
突然呼び止められてアタシはビクッとしてしまう。声のした方を振り向くと、リビングのソファからシンジが手招きしていた。
「何よっ?」
自然と口調が攻撃的になってしまうのは、アイツのせい。
「いいから、こっち来て」
シンジにしては珍しく強気な態度だった。いや、毅然としていると言った方がしっくりくるかもしれない。いつもとは違う口ぶりにアタシは少々戸惑った。
「用があるなら、アンタがこっちに来なさいよっ」
「駄目。アスカがこっちに来て」
「何よっ。エラソーに」
そう言いつつも、いつもと違うシンジの態度にアタシは完全に自分のリズムを崩されていた。
思わずシンジのそばに歩み寄ってしまったのが、その証拠。いつもなら絶対シンジの言いなりになんかならないのに。アタシに指図するなんて生意気よ。バカシンジのくせに。
「アスカ、こっち」
こうなったら、主導権は完全にアイツのもの。シンジは自分の太腿をポンポンと叩いた。意味がわからずにポカンとしているアタシに向かって、もう一度繰り返す。
「ここ、座って」
「ここって?」
「僕の膝の上」
シンジの訳のわからない指示に、アタシの頬が勝手に熱くなる。
「あ、あ、アンタ何言ってんのよ?」
「なんで? さっきも僕の膝の上に座ってたじゃないか」
「あれは」
「あれは何?」
「だから、あれは」
「いいから早く」
そう言うが早いか手を伸ばしてアタシの右手首を掴み、自分の方へ引き寄せた。
勢いがついたアタシは、意に反してポフッっとシンジの膝の上に納まる。
「ちょっと、何すんのよっ」
慌てて立ち上がろうとしたアタシを、シンジは後ろから抱きすくめる。
「ちょっ、は、離しなさいってば!」
腕の中でもがくアタシを無視して、シンジは抱きしめる腕に力を込めた。
「ダメかな?」
「何がよっ」
「僕たち、このままじゃ、ダメかな?」
「…………」
さっきの話をしてるんだということは、すぐにわかった。でもアタシには「うん」とも「いいえ」とも言えなかった。だってシンジの言葉の意味が、解りすぎるくらい、解ってしまったから。
アタシだってわかってるのよ、そんなこと。大人の恋愛に足を踏み入れることで、アタシたちが負うことになるであろう代償の大きさも、その精神的なダメージの深さも。
それでもね、さっきのアタシはシンジが欲しかった。理屈じゃなくてアタシの全部がシンジを求めてたの。食べちゃいたいくらい大好きなシンジと、溶けてひとつになりたかったの。シンジは違うの?
「アンタは、アタシが欲しくないの?」
シンジはさらに強くアタシを抱きしめる。
「そりゃあ僕だって男だから、その、アスカとしたいと思うけど」
アタシを抱きしめている腕が、熱くなってきた。たぶんシンジは今、全身を真っ赤にしてアタシに話しをしてるに違いない。
クククっ。無理しちゃって。
そんなシンジを身体に感じていたら、さっきまでの怒りはどこへやら。怒りの代わりに笑いが込み上げる。そしてアタシのいたずら心に火がついた。
もっともっと真っ赤になってもらうわよ。それで今日のことはチャラにしてあげるから。だから、アンタの本当の気持ちを聞かせて。
「シンジはアタシと何をしたいって言うワケ?」
もちろんそんなの聞かなくてもわかってる。でもちゃんと答えなきゃ許さない。
「えっ、だ、だからその」
「何?」
「その、せ、セックスを」
「なんでアタシとしたいの?」
「なんでって」
「たまたまアタシがそばにいたから?」
「あ、アスカが好きだからに決まってるじゃないか!」
期待していた通りの答えに、思わず頬が緩む。
「じゃあ、なんでさっきは止めたの?」
「それは、アスカが好きだから」
アタシは身体をよじってシンジの正面を向いた。思った通り、シンジは体中を赤く染めている。耳も首も、目に入るところは全て真っ赤。ふふふ。形勢逆転。アタシはシンジの視線を絡め取る。
「アタシのことが好きだからしたいんでしょ、セックス? それなのに好きだから止めたって言うのはどういうこと?」
「言葉通りの意味だよ。僕はアスカのことが大好きだから、許されるならアスカとしたいと思う」
「じゃ、そうすればいいじゃない。アタシはいいって言ったんだから」
「そうなんだけど、でもそれと同じくらい、アスカのことが大好きだから我慢しなくちゃいけないと思うんだ」
シンジはアタシの瞳を覗き込む。でもダメよ。まだ許さない。
「全然意味がわからないんだけど」
「僕たち約束したじゃないか。責任のとれる年齢になるまでは、そういうことするのはやめようって」
「そんなのアタシたちが黙ってれば、誰にもわからないことじゃない」
「いいや。たぶんバレるよ。すぐに。どんなに僕たちが注意深く隠したつもりでいても、やっぱり子供なんだよ。大人を欺き続けるには必ず限界が来ると思う」
「そんなのやってみなきゃ、わかんないわっ」
「ううん、わかるよ。僕たちには隠し通せない。必ずボロが出るよ。アスカだって本当はわかってるんだろ? そんなことできないって」
「…………」
目を伏せたアタシを、シンジが強く抱きしめる。
「それに」
「それに?」
「今の僕じゃダメなんだよ。今の僕じゃ、アスカに何かあっても守ってあげられない」
「何かって何よ」
「僕たちが引き離されるようなことがあったり、万が一、その、万が一赤ちゃんができちゃうようなことがあっても、今の僕では父親になることも許されないんだ。それってやっぱりアスカを傷つけることだろう? だから僕はアスカを守れる自信と年齢が身につくまで、その約束を守らなくちゃいけないと思うんだ」
やっぱりアンタはバカシンジね。
シンジの話し方、それじゃまるで、全部アタシのため、みたいじゃない。
みたい、じゃない。シンジはいつだってどんなときだって、自分のことよりもアタシのことを考えてる。少しは自分のことも考えなさいよね。シンジのわがままだって、少しくらい聞いてあげるわよ。だってアタシはアンタが大好きなんだから。アタシだってシンジのことばっかり考えてるんだから。
「アンタはそれでいいの?」
「僕たちのためだから」
「そう」
「アスカは?」
シンジは抱きしめていた腕を緩めて、アタシの瞳を覗き込む。
「アスカはそれでいいの?」
アタシもシンジを見つめ返す。
「シンジがいいなら、それでいい」
「本当にいいの?」
「いいの! その代わり」
アタシは少しずつ、自分の唇をシンジのそれに近づける。
「その代わり?」
「その時が来たら」
「その時が来たら?」
「いっぱいとろけさせてよね」
「…………うん」
顔を真っ赤にしながら頷いたアイツとそれを見て急に恥ずかしさが込み上げてきたアタシは、二人で小さくクスクスッと笑い、それからゆっくりと唇を重ねた。とっても幸せでとっても気持ち良くて、とろけちゃいそうなキスだった。
あぁ、そうか。アタシ、これだけでとろけちゃいそうなんだ。今のままでこんなに幸せだったんだ。
アタシは少しだけ顔を離して微笑む。今日いちばんの笑顔で。そして伝えなくちゃ。今のアタシの思いの全部を。
「大好きよ、バカシンジ」
たった一言。たったこれだけの短い言葉だけど、これがアタシの思いの全て。その時が来たら、アタシとの約束、ちゃんと守ってよね。忘れたら許さないんだから。
...終
あとがき
最後まで読んでくださってありがとうございます。
今回は、シンジに「襲うよっ」の一言を言わせたいがために書きましたw
楽しんでいただけたかしら?
次回もがんばって書きますので、
また遊びに来てくださいね。