今日は6月6日。僕の誕生日だ。今までは誕生日なんて、僕にとってはどうでも良かった。親に棄てられた僕にとっては、疎ましい日でさえあった。なんで僕なんか生まれてきたんだろうって。
でも、今は違う。本当に生まれてきて良かったと思う。生きているってこんなに幸せなことだったんだって。そんな風に思わせてくれたのは、やっぱり……

「シンジ! シンジ〜!!」

そう、やっぱりアスカのおかげなんだ。

「何、アスカ?」

僕は書きかけの学級日誌を閉じて、一番後ろの僕の席とはちょうど対角線上にあるアスカの席へ歩き出した。アスカは洞木さんと一緒に笑顔で僕を迎えてくれる。

「シンジ、今日誕生日よね?」

「あっ、覚えててくれたの?」

「当ったり前でしょ。アタシを誰だと思ってんのよ。このアスカ様がシンジの誕生日を忘れるわけないじゃないっ」

「アスカ、またそういう言い方して! 大好きな碇君の誕生日だから覚えてるんだって言えばいいのに」

洞木さんがアスカをたしなめるように言った。

「あ、アタシは別に」

アスカが明後日の方を向きながら、少し口ごもる。
そんなアスカがとっても可愛くて、僕はちょっぴり意地悪したくなった。

「アスカ、ミサトさんの誕生日知ってる?」

「し、知らない」

「綾波の誕生日は?」

「アタシが知るわけないじゃないっ」

「ふ〜ん、でも僕の誕生日は覚えていてくれたんだ」

「!!」

顔を真っ赤にして俯いているアスカの愛らしさに、思わず笑みがこぼれる。洞木さんも肩を小刻みに震わせて笑っていた。

「そんなこと言ってると、誕生日祝ってやらないわよっ」

顔を赤く染めたまま、アスカは横目で僕を睨む。

「ごめん、ごめん。僕の誕生日を祝ってくれるの?」

「そうなの。碇君がご迷惑でなければ、みんなで碇君のお誕生日パーティーをしたいと思ってるんだけど、どうかしら?」

「みんなで?」

「そう。綾波さんや鈴原や相田君のみんなで」

「あ、ありがとう」

僕は思わず戸惑った返事をしてしまった。それに洞木さんがすかさず気づく。

「ご迷惑だった?」

「ううん、そんなこと。僕、そういうのしてもらったことないから、びっくりして。 でもとっても嬉しいよ。ありがとう」

洞木さんて、小さなことにも気づくんだよなぁ。優しい子なんだよなぁ。この優しさとおしとやかさの1/10でもアスカにあったら、なんて贅沢かな。
そんなことを一人で想像して、一人でほくそえんでしまった。

「そう、良かった。ね、アスカ」

「そ、そうね」

「じゃ、お料理は私とアスカと綾波さんで作るから、男子は夕方まで外で時間を潰しててね。それまでにはご馳走を作って、おうちで待ってるから」

「うん。ありがとう」

誕生日パーティーなんてしてもらうのは、たぶんこれが初めてだと思う。なんだかくすぐったい様な気持ちだ。
でもアスカと綾波が料理って、大丈夫かなぁ。



言われたとおり、僕とトウジとケンスケはゲームセンターで時間を潰し、
空がオレンジ色から藤色に変わり始める頃に帰宅した。

「ただいま〜」
「「お邪魔しま〜す」」

ドアを開けると、辺り一面においしそうな香りが漂ってくる。

「おっ、美味そうな匂いやないか」

「ホント、ホント。腹減ったなぁ」

「アスカ、ただい……」

リビングのドアを開けた瞬間、クラッカーの音が鳴り響いた。


パン パン パン


「「「お誕生日、おめでとう!!」」」

部屋に入ると、そこにはアスカと綾波と洞木さんだけでなく、
ミサトさんと加持さんまで揃っていた。
僕は驚きのあまり、ちょっとポケッとしてしまう。

「あっ、ただいま。それにミサトさんと加持さんまで」

「シンちゃん、お誕生日おめでとう」

「シンジ君、誕生日おめでとう」

「ミサトさんも、加持さんも、ありがとうございます」

「ささ、シンちゃんはこっちのお誕生日席ね」

ミサトさんがリビングに広げた大きなテーブルの上座を指した。

「は、はい」

僕から時計回りに、ケンスケ、トウジ、洞木さん、アスカ、加持さんに、ミサトさん、そして僕の右隣には綾波が座った。

「さぁ、シンちゃん、ジャンジャン飲みましょう」

「ちょっとミサト、今日はシンジの誕生日なんだから、アンタが一人で盛り上がってどうするのよ」

アスカがミサトさんを横目でジトッと見遣る。

「気にしない。気にしない。おめでたいことは、みんなで楽しまなくっちゃ。ねっ、シンちゃん」

「は、はい」

「おいおい、葛城。今日は飲み過ぎないでくれよ。酔っ払いの世話は、学生のときで十分懲りたからな」

「ごみん、ごみん」

ミサトさんが加持さんに向かって肩を竦めた。
テーブルに目を向けると、たくさんのご馳走が並べられている。これだけの人数がいても、十分な量だった。

「これ全部洞木さんが作ってくれたの? 大変だったでしょう?」

僕は感謝と労いの気持ちを込めて聞いた。

「そんなことないわ。アスカと綾波さんが手伝ってくれたから」

「そうよ。アタシが作ったのよ」

思いっきり胸を張っているアスカに、みんなが一斉に疑惑の目を向ける。

「な、なによっ。みんなアタシの言うこと疑ってんの!?」

「いや、疑ってるちゅうよりも、信じてないねんけど」

「キーッ!! ジャージのくせにずいぶんなこと言ってくれるじゃないっ。アタシが料理できないって言いたいわけ?」

「おお。じゃあ、何作ったんか言うてみ」

「そのレタス洗ったの、アタシよ。それからトマトだって。
それに」

「つまり、野菜洗い専門だったっちゅうわけやな」

「な、なによ。そんなこと言うならファーストだって」

「レイは何を手伝ったの?」

ミサトさんが綾波に笑顔を向ける。

「お皿、並べた」

「ほら、ごらんなさい。ファーストだってアタシと似たようなものじゃないっ」

僕は隣に座っている綾波に微笑んだ。

「綾波も手伝ってくれたんだね。ありがとう」

「ほらほら、シンちゃん。アスカにも言ってあげなきゃ。あそこでふくれてるわよ」

ミサトさんがニヤニヤしながらアスカを覗き込んでいる。僕がアスカの方を見ると、ミサトさんの言うとおり、頬を膨らませて僕に向かって冷たい視線を投げかけていた。
ぷぷっ。やきもち? かわいいなぁ。
僕は最高の笑顔で、アスカに言う。

「アスカ、ありがとう」

「べ、別にいいわよ」

真っ赤になって横を向いてる。やっぱりアスカはかわいいなぁ。

「さ、いただきましょう」

「「「「「いっただきま〜す」」」」」

ミサトさんの掛け声で、一斉に箸が伸びた。
食べきれないと思っていたたくさんのご馳走は、次から次へとみんなの胃袋へ収まっていく。みんなの話しは尽きることなく、すごく賑やかな夜になった。こんなに楽しい夜を過ごすのは、初めてだ。おそらく僕同様に、初めての経験をしているであろう綾波も楽しめているだろうか?
僕は少し気になって、努めて綾波と話しをするようにした。相変わらず綾波の返事は、ポツリポツリだけど、初めてあった頃に比べると、すごくいっぱい話してくれるようになったと思う。
こうやって少しずつ、綾波も一人じゃないってことを実感してもらえるといい。
あっ、僕が綾波とばっかり話しをしていたから、アスカがちょっとむくれてる。ふふふ。アスカがこんなにやきもち焼きだったなんて。かわいいなぁ。

すっかり夜が更けてもなんだか一大ゲーム大会が繰り広げられていて、まだまだみんな大盛り上がりだった。そんな中僕はみんなの隙を見てアスカに近寄ると、みんなに気づかれないようにそっと声をかけた。

「アスカ」

「何?」

「ちょっと散歩に行こう?」

「今から?」

「うん。今から」

「まあ、いいけど」

アスカはなんだか腑に落ちない顔をしながらも、僕の後に続いて静かに玄関を出た。

「なんでこんな時間に散歩なのよ?」

「もう少しで僕の誕生日、終わっちゃうんだ」

「だから?」

「だから、残りの時間は、アスカと二人で過ごしたいんだ」

アスカは俯いて、真っ赤になっていた。そんなアスカを見ていたら、僕もなんだか恥ずかしくなってきた。自分でもずいぶん思い切ったことを言うな、と思う。でもアスカを見てると言わずにはいられないというか、なんというか。少しでもアスカと一緒に居たいから。
僕はアスカの手をとると、ギュッと握り締めた。

「どこ行くの?」

アスカが顔を上げる。

「う〜ん、そうだなぁ」

外まで出てくると、マンションの駐車場にあるベンチを指差した。

「ここ」

「えっ? ここ?」

「そう」

「アタシと二人で過ごしたい場所って、ここなの?」

「場所は問題じゃないよ。二人になりたかっただけだから。それにこんな夜遅くに中学生がフラフラしてたらおかしいし」

「まあいいわ。とにかく座りましょ」

僕たちは手をつないだままベンチに腰を下ろした。アスカがそっと僕の肩にもたれかかる。

「今日、楽しかったね」

「そうね」

「僕、こんな風にみんなでお祝いしてもらったの、初めてで。だからとっても嬉しかった」

「これからはアタシが毎年お祝いしてあげるわ」

「うん。ありがとう」

僕もアスカに寄り添った。

「今までは誕生日が来る度にずっと思ってたんだ。なんで僕なんか生まれてきたんだろうって。母さんが死んで父さんに棄てられて、楽しいことなんか何にもなくて、何のために生きてるのかなって」

アスカは黙って聞いてくれていた。

「でも、今は違うんだ。心から、生まれてきて良かったと思ってる。生きるってことは、こんなに幸せなことだったんだって思えるから。全部アスカのおかげだよ。アスカがそばに居てくれるから。アスカに会えて、本当に良かった」

僕は泣きそうな気持ちを隠すように、繋いだ手に力を込めた。
アスカが僕の方に顔を向けて微笑むと、そっと顔を近づけてきた。僕もそれに応えるように、アスカ顔を近づける。温かい息が唇にかかった。
度々経験するこの瞬間。やっぱり今もドキドキする。そしてフワッと唇が重なるんだ。
温かくて柔らかい、アスカの唇に。


バサッ シャカシャカ ドスン


「痛いっ!!」
「おい、押すなよ」

突然の大きな物音にびっくりして振り向くと、駐車場の植え込みから見慣れた顔が覗く。それはさっきまで僕の誕生日を祝ってくれていた面々であった。

「ちょ、ちょっと何やってるんですか?」

僕が驚いてたずねると、

「あ〜、邪魔しちゃった? 気にしないで、続けて、続けて」

ミサトさんはニヤニヤしながら、右手をヒラヒラさせていた。するとそれを見たアスカが突然立ち上がり、顔を真っ赤にして手をプルプル震わせている。あっ、これってやばいんじゃない? 僕は危険を察知してちょっと後ずさった。

「むぅ〜〜〜! アンタたち!! そこで何してんのよっ!!!」

ミサトさんがそ知らぬ顔で加持さんの脇腹を肘でつついた。加持さんが「えっ!?」という顔をしている。僕が見る限りミサトさんが主犯だと思うんだけど。アスカの怒りの矛先を加持さんに向けようだなんて、お気の毒だなぁ。

「よぅ、アスカ」

加持さんはいつもの調子で右手を軽く上げて言った。

「よぅ、じゃないわよ。アタシはそこで何してんのかって聞いてんのよ」

「あっ、それはだな、いやあ、葛城の酔いを醒まそうと」

「酔いを醒ます? ふ〜ん。じゃあなんでジャージやヒカリまでいるわけ」

アスカがトウジをギロッと睨んだ。

「わ、ワシは止めようって言ったんやで。そやけど、ミサトさんが」

「ちょ、ちょっと鈴原君何言ってんのよ」

ミサトさんが慌てて割って入る。

「本当なの、ヒカリ?」

洞木さんが困ったような顔をして、ミサトさんをチラチラ盗み見ながらうなずいた。

「う、うん」

「ミサトっ!」

「ごめんちゃ〜い!!」

ミサトさんは一目散に走り去る。

「こらぁ、ミサト、待ちなさ〜い!!!」

さっきまで酔っていたのがウソのような、俊敏な走りで逃げるミサトさんを、
アスカが鍛え上げた健脚で追いかけていった。ミサトさんが捉まるのも、時間の問題だろうな。
そしてケンスケが小さくつぶやいた。

「あのぅ、僕もいるんですけど」


案の定、そのあとすぐに捕獲されたミサトさんは、アスカから懇々とお説教されていた。保護者のくせにとか、覗きをしてる暇が合ったら掃除でもしなさいとか、そんなんだからいつまでも独身なのよとか。よくわからないけど僕もその場に同席させられて、一緒にお説教を聞かされる羽目になってしまった。僕、誕生日だったのに……

その上みんなに恥ずかしい現場を見られてしまった僕は、しばらくの間トウジとケンスケから思いっきりからかわれることになったのは、言うまでもない。


...終



あとがき

今回のお誕生日、シンジの楽しい思い出になれたかどうか不安ですが、
6月6日に間に合うように、がんばって書きました。
いかがでしたか?
次回もがんばって書きますので、
また読んでくださいね。




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