わぁ、おいしそう。

 アタシはテーブルにつくなり、いただきますの挨拶もそこそこに、用意されていたクッキーをひとつ口へ放り込んだ。サクサクとした歯ごたえがたまらない。バターの香りとアーモンドの香ばしさが口いっぱいに広がる。最高に幸せな時間。そんな至福の時をアタシにもたらしてくれるのは、アタシの最愛の人、碇シンジ。

 さっきからアタシの向かいに座ってアタシの様子をじっと見ている。アタシは動物園のサルじゃないっての! でも相手が好きな人だと全く嫌じゃないから不思議だ。むしろアタシのそばでアタシを見てくれていることが嬉しい。

「おいしい?」

 シンジにそう尋ねられたアタシは、

「そうね。まあまあじゃない?」

 なんて素っ気無い返事して、ホントばっかみたい。どうして素直においしいって言えないんだろう。こういうところ、自分でも本当に可愛くないと思う。

 それでもシンジはアタシのことを好きだと言ってくれる。アタシがどんなに冷たくあしらっても、どんなに無理難題押し付けても、それでもいつもシンジはアタシのそばでアタシを見ていてくれる。
 シンジはアタシのどこが好きなんだろう?

 突然シンジがクスクスと笑い出した。何? アタシ、何か変なことした?

「なに笑ってんのよ?」

「あっ、ごめん。別に笑うつもりはなかったんだけど、幸せだなぁと思ったら、なんだ嬉しくなっちゃって」

 !!

「あ、アンタ何言ってんのよっ? そんなことサラッと言ってんじゃないわよっ」

 シンジは時々、こういうことを恥ずかしげもなく言ったりする。普段は気が小さいくせにどこからこういう台詞が出てくるのか。ま、まあ、別にそれが嫌ってわけじゃないのよ。ちょっと驚くけど、でもまあ、嬉しいって言うかなんて言うか。
 アタシは赤くなった顔を見られまいと、オレンジジュースをグイッとあおった。

「ねぇ?」

 ジュースを飲みながら、シンジの声に目で応える。

「アスカは」

 アタシの視線の意味に気づいたシンジが質問を続けた。

「アスカは僕のどこが好きなの?」

「ブッッッッ!! ゴホッ、ゴホッ」

 ふ、不覚!! おかしなこと言うから、噴き出しちゃったじゃない!!

「大丈夫、アスカ?」

 慌てたシンジが駆け寄ってアタシの背中を擦ってくれる。
 もうっ!! 今日は一体何なのよ!?

「と、突然、何言い出すのよ!?」

 アタシは赤くなった顔を隠しもせずに、シンジに食って掛かった。なのにシンジは何事もなかったようにアタシの隣に腰を下ろす。

「別に突然じゃないよ。いつも思ってたんだ。アスカは頭もいいし、綺麗だし。僕なんかよりもっと素敵な人がいるんじゃないかって」

 アスカは頭もいいし、綺麗? う、うれしい。すっごく嬉しい。本当は飛び上がって喜びたい。なのに、やっぱりアタシの口は天邪鬼だ。

「まあ、それは確かにそうよね。アタシって頭いいし、美人だし」

 アタシの馬鹿、馬鹿っ!!

「うん。だから、なんで僕のことを好きになってくれたのかなって」

「なんでって」

 こういうところが本当にシンジらしい。謙虚って言うか、自分に自信がないというか。自分がどれだけ魅力的な人間なのかを、シンジもそろそろ自覚するべきだと思う。だって、そうでしょ? このアタシが好きになるような男なんだから。どうやったらそれを伝えられるのか。アタシは首をひねった。

「ねぇ、アスカ?」

「何よ?」

 アタシの返事が遅いから催促されるのかと思ったら、シンジは突然おかしなことを言い出した。

「もしも僕がケンスケだったら、それでも僕のこと好きになってくれた?」

 何よ、それ?

「はぁ? アンタ何言ってんの? シンジが相田になるなんて、そんなことあるわけないでしょ?」

「もしも、だよ。もしも僕が他の人間だったとしても、アスカは僕のことを好きになってくれたのかなって」

 あぁ、そういうこと。

「そうね」

 アタシは顎に手をかけて、人差し指で顎をトントンと叩く。
 答えなんか決まってるけど一生懸命考えてる振りをする。だって即答したら恥ずかしいじゃない。

「そんなことありえないけど、もしそうなったとしたら」

 答えなんか決まってるのに。

「たぶん好きになってると思うわ」

「本当に?」

「つまりは外見が相田で、中身がシンジってことよね?」

「うん」

「見かけがどうであれ、性格はシンジなんでしょ? 掃除・洗濯に料理が得意で、おいしいクッキーを私に焼いてくれるシンジなんでしょ?」

「う、うん。まあ」

「それならきっと好きになるわ」

 うん。うん。なかなかの名回答。これならシンジも納得でしょ。と思ったんだけど、シンジはの表情は冴えない。腑に落ちないような顔をして。それどころか、また同じ質問をする。

「じゃあ、もしも僕がトウジだったら? それでも僕を好きになってくれた?」

 アタシの答え、何か間違ってた? アタシは一生懸命考えた。シンジも期待を込めてアタシを見てる気がする。どうしたら、あなたは素敵な人間なのよと伝えられるのかしら。

「そうねぇ」

 アタシはまた顎をトントンと叩く。

「たぶん好きになると思うわ」

「外見がトウジでも、中身が僕だから?」

「まあね。いくら見た目があのジャージとはいえ、性格がシンジである以上、お弁当にアタシの大好物を入れてくれたり、アタシの好きな香りの洗剤を使って洗濯してくれたり、アタシの好きなシャンプーをわざわざ探して買ってきてくれたりしてくれるってことでしょ? くくくっ。そんな気遣い、本当の鈴原にはできっこないわよねぇ」

 思わずエプロン姿の鈴原を想像しまったアタシは、その想像にぞっとして大きく肩を竦めた。
 シンジがなんだか少し嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

「じゃあさ、もしも僕がアスカでアスカが僕だったら? それでも僕を好きになってくれた? いや、この場合は私になるのかな?」

 それこそ答えは決まってる。アタシは身体ごとシンジに向き直って即答した。

「当ったり前じゃない! だって外見がアタシなのよ。こ〜んな美人、放っておけるわけないでしょ」

「見た目はアスカでも、中身は僕なんだよ。それでもいいの?」

「だ・か・ら! このアタシの姿で、家事ができて、従順で大人しくて、その上とっても優しいのよ。パーフェクトじゃないっ。好きになるに決まってるでしょ」

 中身が入れ替わっても、アタシたちはアタシたちってことでしょ? そんなの好きにならないわけがないじゃない。本当にバカなんだから。

「でもね」

 アタシはシンジに向かって手を伸ばした。

「アタシは今のままのシンジがいちばん好き。今アタシの目の前にいる、このシンジがいちばん好き」

 アタシはシンジの頬を手で包み込んで言う。

 ねぇ、わかった? アタシは、アンタが好きなのよ。他の誰でもない、シンジが好きなの。いくらバカシンジでもここまですればわかるでしょ?

「僕も、今のままのアスカが好き。アスカが大好き」

 シンジの手がそろそろと伸ばされて、そしてアタシの頬を包み込む。やっとわかったか。バカシンジ。

「ふふふ。アタシが知らないとでも思った?」

「アスカの方こそ、僕が知らないとでも思った?」

 アタシはニンマリと笑う。シンジも釣られてニンマリと笑った。この掌から伝わる温もりが、アタシの心も温めてくれる。アタシはシンジの顔を引き寄せて唇を重ねた。いちばん心地良い温もりを感じるために。

 もしも。

 「もしも」アタシが他の誰かになったら、シンジはどうするんだろう。シンジのことだから、そうね。きっと。それでもきっとアタシのことが好きだって言うわ。アタシが姿を変えたとしてもそれでもきっと見つけ出してくれる。

 シンジってそういう人だもの。アタシの好きになったシンジってそういう人だもの。

 だから、アタシたちの間には「もしも」なんていらないし、あるはずない。
 そんなこと、アタシが絶対に認めないんだから。




...終


あとがき

最後まで読んでくださってありがとうございました。
このお話しは短編『もしも』のアスカsideの物語です。
シンジとアスカの心のすれ違いというか、でも着地点は同じであるところを楽しんでもらえたらうれしいです。





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