ガタッと音をたてて椅子に座ると、僕はテーブルに頬杖をついた。目の前にいる愛しい人の姿を眺めるために。
 その人は僕の作ったクッキーを頬張り、そしてとても満足そうな笑みを浮かべて。つやつやした金髪と透けるように白い肌。青い瞳を細め長い睫毛を揺らして笑う姿は、言葉では言い表せないくらいそれはもう愛らしい。

「それでさぁ、相田のヤツったら」

 そんな風に愚痴をこぼしながらも、クッキーを摘まむ手が止まることはない。おしゃべりの合間にクッキーを口に放り込む。いや、クッキーを頬張る合間におしゃべりをしているのか。僕の作ったものをこんなにもおいしそうにに食べてくれることが、僕にはたまらなく嬉しい。

「ちょっと、聞いてんの!?」

「あっ、ごめん、ごめん。ちょっと考え事して」

「んもぅ、ちゃんと聞いてよね」

「うん。ごめん、ごめん」

 アスカに見蕩れてボーっとしていた僕に、アスカの喝が飛ぶ。まあ、ちょっと怒りっぽいところもあるけれど、それはそれでもう慣れちゃったというか、気にならないというか。あばたもエクボっていうのかな、こういうの。僕はそんなのも全部ひっくるめて、アスカの全部が好きなんだ。

 そしていつも思うんだ。こんな素敵な人が、何故僕のことを好きになってくれたのかって。彼女に比べると僕には何のとりえもなくて。外見も内面も、僕には人に自慢できるようなことが何もないのに。なのに、なんで彼女は僕のことを好きだって言ってくれるんだろう。

「おいしい?」

 アスカはクッキーに延ばしていた手を一瞬止めて僕を見ると、肩を竦めて、

「そうね。まあまあじゃない?」

 そしてまたひとつ、口に放り込んだ。素直においしいと言わないところが、全くアスカらしい。でもこれは褒め言葉なんだよ。だってお皿の上のクッキーは、今のが最後のひとつだったんだから。

 僕はそれがとても嬉しくて、我慢してたけど顔がにやけてくる。重症だな、僕。 そんな自分がおかしくて、俯いて小さくクスクスと笑った。

「なに笑ってんのよ?」

「あっ、ごめん。別に笑うつもりはなかったんだけど、幸せだなぁと思ったら、なんだ嬉しくなっちゃって」

「あ、アンタ何言ってんのよっ? そんなことサラッと言ってんじゃないわよっ」

 アスカは顔を真っ赤にしてそっぽを向くと、テーブルの上のオレンジジュースをグイッとあおった。

「ねぇ?」

 アスカはコップに口をつけたまま、目だけをチラッと僕に向ける。

「アスカは」

 その目が「なに?」って言ってるから、僕は返事を聞かずにそのまま続ける。

「アスカは僕のどこが好きなの?」

「ブッッッッ!! ゴホッ、ゴホッ」

「大丈夫、アスカ?」

 むせて咳き込んだアスカに驚いた僕は慌てて駆け寄ると、アスカの背中をトントンと叩いた。

「と、突然、何、言い出すのよ!?」

 顔を真っ赤にしながら、目を大きく見開いて僕を見る。元々大きな瞳がさらに大きくなって。アスカの背中を擦りながら、僕はアスカの隣の椅子に腰を下ろした。

「別に突然じゃないよ。いつも思ってたんだ。アスカは頭もいいし綺麗だし。僕なんかよりもっと素敵な人がいるんじゃないかって」

 僕の問いかけに満更でもないちょっとくすぐったい様な顔で、アスカは首を傾げる。

「まあ、それは確かにそうよね。アタシって頭いいし、美人だし」

「うん。だから、なんで僕のことを好きになってくれたのかなって」

「なんでって」

 僕の簡潔で質素な疑問に、アスカは首をひねった。
 この簡潔で質素な疑問というのが、どんな質問であれ、いちばん難しいものらしい。「どうしてりんごは地面に落ちるの?」そんな単純な質問の回答が偉大な発見であったように。いや、それはちょっと言い過ぎか。とにかく、アスカは頭を抱えていた。
 僕に対する気持ちって、そんなに捉えどころのないものなんだろうか。自分でも自分のどこに魅力があるのかわからないのだから、他人にそれを求めるのは酷なのかもしれない。

 それでもこんな質問をするというのは、アスカに認めてもらいたいという心理が働いているからなのかな。アスカは一体僕の何を認めてくれているのだろうか。僕のどこに魅力を感じてくれているのだろうか。僕の何を好きになってくれたのだろうか。

「ねぇ、アスカ?」

「何よ?」

 またおかしな質問をされるのかと思ったのか、アスカが少し警戒した視線を僕に寄こした。

「もしも僕がケンスケだったら、それでも僕のこと好きになってくれた?」

 それを聞いたアスカは、心底呆れたような顔をして僕に言う。

「はぁ? アンタ何言ってんの? シンジが相田になるなんて、そんなことあるわけないでしょ?」

「もしも、だよ。もしも僕が他の人間だったとしても、アスカは僕のことを好きになってくれたのかなって」

「そうね」

 アスカは顎に手をかけて、人差し指で顎をトントンと叩く。

「そんなことありえないけど、もしそうなったとしたら」

 僕は息を呑んでアスカを見つめた。

「たぶん好きになってると思うわ」

「本当に?」

「つまりは外見が相田で、中身がシンジってことよね?」

「うん」

「見かけがどうであれ、性格はシンジなんでしょ? 掃除・洗濯に料理が得意で、おいしいクッキーを私に焼いてくれるシンジなんでしょ?」

「う、うん。まあ」

「それならきっと好きになるわ」

 褒められてるのかどうなのか。微妙な意見で結論付けられて、なんとなく腑に落ちない僕とは対照的に、自分の結論に納得した様子のアスカは、なんだかとても晴れやかな顔をしていた。
 まあ、アスカが僕の家事の腕前を認めてくれていることはわかった。でも僕を好きな理由って、それだけ? それもちょっと寂しいような気がする。

 だからもう一度。

「じゃあ、もしも僕がトウジだったら? それでも僕を好きになってくれた?」

 晴れやかな顔から一転、片眉をクイッと動かして再び頭を抱え込んだ。

「そうねぇ」

 顎を数回叩く。そして隣から覗き込む僕に、視線だけを向ける。

「たぶん好きになると思うわ」

「外見がトウジでも、中身が僕だから?」

「まあね。いくら見た目があのジャージとはいえ、性格がシンジである以上、お弁当にアタシの大好物を入れてくれたり、アタシの好きな香りの洗剤を使って洗濯してくれたり、アタシの好きなシャンプーをわざわざ探して買ってきてくれたりしてくれるってことでしょ? くくっ。そんな気遣い、本当の鈴原にはできっこないわよねぇ」

 アスカは可笑しなことを想像してしまったと言わんばかりに、大げさに肩を竦めた。それを聞いた僕はというと、なんだか嬉しくて。

 だってさ、アスカはちゃんと僕を見てくれていたんだよ。お弁当にはアスカの好きな玉子焼きを必ず入れてること。洗濯に使う洗剤をアスカの好きな香りに変えたこと。アスカのシャンプーがなかなか見つからなくて、お店を何軒も探して回ったこと。
 僕はそんなこと言ったことなかったのに、アスカはちゃんと気づいてくれてたんだから。
 アスカの言葉のひとつひとつが嬉しくて、もっと聞きたくなって。僕はまた質問を続ける。

「じゃあさ、もしも僕がアスカでアスカが僕だったら? それでも僕を好きになってくれた? いや、この場合は私になるのかな?」

 自分の質問に首を傾げた僕に向かって、アスカは身体ごと僕に向き直り即答する。

「当ったり前じゃない! だって外見がアタシなのよ。こ〜んな美人、放っておけるわけないでしょ」

「見た目はアスカでも、中身は僕なんだよ。それでもいいの?」

「だ・か・ら! このアタシの姿で、家事ができて、従順で大人しくて、その上とっても優しいのよ。パーフェクトじゃないっ。好きになるに決まってるでしょ」

 そっか。そんな風に思ってくれてたのか。とっても優しいって。僕のこと、そんな風に思ってくれてたのか。アスカは僕のことちゃんと認めてくれて、それで僕のことを好きになってくれたんだね。それって、少しは自信持ってもいいってことなのかな。自信を持ってアスカのことを好きでいていいってことなのかな。

「でもね」

 アスカの手のひらがそろそろと伸ばされる。

「アタシは、今のままのシンジがいちばん好き。今アタシの目の前にいる、このシンジがいちばん好き」

 そういって僕の頬を包み込んだ。柔らかくて暖かな手のひらに包まれていると、僕の胸の中まで暖かくなってきて。アスカはいつだって僕にこうやって溢れるほどの幸福を与えてくれるんだ。
 だから僕も。そろそろと手を伸ばしてアスカの頬を包み込んだ。

「僕も、今のままのアスカが好きアスカが大好き」

「ふふふ。アタシが知らないとでも思った?」

「アスカの方こそ、僕が知らないとでも思った?」

 僕たちはお互いにニンマリと笑うと、どちらからともなく顔を引き寄せて、そっと唇を重ねた。

 もしも……

 「もしも」アスカが別の誰かに姿を変えたとしても、僕はきっとアスカを好きになる。沢山の人の中から姿を変えたアスカを見つけ出せる。どんな姿になったってアスカはアスカなんだから。

 だから、僕とアスカの間には「もしも」なんていらない。「絶対に」好きになるんだから。




...終


あとがき

やっと完成しました。遅くなりました。
この短い文章を書くのに、どんだけ時間かけるんだ、私orz
今回は、私の中ではホンワカ全開で書いたのですが、
みなさんもホンワカしていただけたでしょうか?
メール&ひとことメッセにて、感想お待ちしています♪





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