はぁ〜い。私は葛城ミサト。この家の主で、同居する二人の子供の保護者よん。
なんで子供二人と同居してるのかって? う〜ん、まあいろいろあんのよ。特にあの子たちには深い事情がね。

ひとりは碇シンジ君。エヴァンゲリオン初号機の専属パイロットで、ネルフのトップである碇司令の子供。我が家の家事全般を引き受けてくれてるありがた〜い存在。

で、もうひとりは惣流・アスカ・ラングレー。エヴァンゲリオン弍号機の専属パイロット。私がドイツ支部に勤務してた頃から知ってるから、けっこう長い付き合いになるかしら? あの頃はまだ小さな女の子だったのに、すっかり女らしくなっちゃって。

始めのうちはあれやこれや問題山積で揉めごとが絶えなかったけど、今では私たち三人、お互い一緒に生活することが当たり前になっている。

こういう関係を人は何て言うのかしら。友達? 仲間? 同士?

呼び方はなんであれ、みんなお互いをとても大切な存在だと思ってる。そんな関係。

特にここ最近、この二人が、妙に仲良いいのよねぇ。昔は顔を合わせればケンカしてたのに。どうやら付き合ってるらしいの。二人から報告されたわけじゃないけど、そんなの見てればバレバレ。あの気の強〜いアスカが、シンジ君の前だと急にしおらしくなっちゃったり、シンジ君の後ろ姿に見とれてうっとりしちゃったり。
あの変わり様じゃ自分から告白してるも同然。まあ隠すつもりもないんだろうけど。
やっぱり、まだまだ子供ね。ふふ。

ただねぇ、保護者としては微笑ましいことばかり言ってらんないのよ。
現実問題として、中学生のしかも恋人同士の男女を一つ同じ屋根の下に住まわせておくのは、やっぱまずいわよねぇ。
倫理的にとか、いろいろとね。

でもこの家は、二人が本当の自分でいられる場所だと思うから。やっと手に入れた安住の地だと思うから。許される限りここに居させてあげたい。
なぁんて、二人がこの家を出て行っちゃったらいちばん寂しいのは私かも。

まあ二人もそこのところは心得ているみたいだし、今の所は心配ないでしょ。

そう信じていたんだけど、私の考えは甘かったのかしら。



「あ〜、いいお湯だった。シンちゃんも入っちゃいなさいよ」

濡れた髪をひとつに纏め、黄色いバスタオルを体に巻いただけの姿で私はリビングへ戻ってきた。

中学生の男の子がいるのに、この格好はどうなのかって? 気にしない、気にしない。シンちゃん、そういうことに奥手そうだし。

その肝心のシンジ君からの返事がない。明かりこそ点いているものの、テレビも消えている。部屋は静まり返り、聞こえるのはエアコンの唸り声ばかり。

「あれ? シンちゃん、いないの? 部屋かしら?」

私はリビングのドアを開けた。廊下に出ると、日本特有のムッとした空気が風呂上がりのまだ乾ききっていない私の肌に纏わり付いた。

リビングに一番近い場所にアスカの部屋がある。その部屋の襖をチラッと見て、そしてすぐに廊下の先に視線を戻した。
アスカはいつも一番にお風呂に入る。ドイツ育ちのくせに、日本に来てからはすっかり日本式のお風呂が気に入ったらしい。
だからいつも私が呼びに行くのは、アスカではなくてシンジ君だ。私はそのまま廊下を進み、玄関を入ってすぐの襖の前に立った。

もともとはアスカの部屋がシンジ君の部屋だった。でもアスカがこの家に来た時、シンジ君がアスカに部屋を譲った。いや、乗っ取られたが正しいかな。だからこの家でいちばん狭いこの部屋がシンジ君の部屋になったってわけ。いちばん働いてくれてるのに、なんだか気の毒ね。
でも優しいシンジ君のことだから、そんなことがなくたってきっとアスカに部屋を譲ってあげたに違いない。シンジ君て、そういう子だもの。

それはさておき、早くお風呂が空いたこと教えてあげないと。いつも最後でなんだか悪いし。

私は襖の取っ手に手を伸ばした。

「アスカ、こっちにおいで」

襖の向こうから声が聞こえる。アスカを呼ぶとてもやさしい声。シンジ君のあんなにやさしい声、初めて聞いたわ。そんな風に語りかけてもらえるアスカが、ちょっとだけうらやましい。ちょっと妬けちゃう。

私は鼻をスンッと鳴らした。

アスカ、シンジ君の部屋に来てたのね。私は先ほど通り過ぎたアスカの部屋を思い浮かべた。

「でも、アタシ、初めてだし」

ん? 何の話し?

私は襖に手をかけていたことも忘れて、思わず息を潜めた。

「大丈夫。僕が教えてあげるから」


ミシッ


ミシッ? 今の音ってベッドの軋む音よ、ね? ベッドで何やってるの? えっ?

「アタシにできるかしら? ここ、痛くない?」

「力を抜いていれば大丈夫だよ」

力を抜いて? 何の話してんのよ。
良からぬ状況が頭をよぎる。どうか私の思い過ごしでありますように。
それにしても「僕が教えてあげる」だなんて、シンジ君意外とやるわね。

「ほら、もう少し足を開いて」

「えっ、もっと開くの?」

「そうだよ。そうしないと入らないじゃないか」

入らないって何が? どこに?
葛城邸始まって以来の非常事態に、自然と手の平に汗が滲む。

「でも、こんな格好」

「これが普通なんだよ」

「そうなの?」

「そうさ。ほら。アスカ、自分で持ってみて」

「わぁ。近くで見ると、けっこう大きいのね」

お、大きいの? 勝手に想像して、私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「そうかな。僕は見慣れてるから気にならないけど」

「で、どうすればいいの?」

「左手でここを握って。指はこう、乗せる感じで」

待って。ちょっと、待って。何をやってるかわかってるの!? あんたたちはまだ中学生なのよ!

襖を開くべく、取っ手を掴む手に再び力を込めた。

「痛っ」

アスカっ。遅かったか!?

何となく部屋に入るタイミングを逸してしまったような気がして、思わず息を呑んだ。自分の意志に反して、この緊急事態に身体が思うように動いてくれない。

こんなことくらいでビビってるのかしら、私。それで保護者だなんてよく言ったものね。

私は自分の不甲斐無さに、下唇を噛んだ。

「ほら。だから言ったじゃないか。ここ、力抜いてって」

「そんなこと言われたって、良くわかんないのよ。初めてなんだから」

やっぱり、やっぱり、これってどう考えても、アレよね? あんなことやこんなことよ、ね?

「いい、アスカ? ここをちゃんと持ってて」

「こ、こう?」

どこを持つの? まさか、シンジ君がそんなこと言うなんて。私の知ってる大人しくてかわいいシンちゃんとはどこなの?

いつものかわいらしいシンジ君と、襖の向こうで自信に満ち溢れた話し方をするシンジ君とのギャップに、私は軽く目眩を覚えていた。

「そうそう。上手いよ、アスカ」

「あ〜っ、ダメ。つっちゃいそう」

「もう少しだから。がんばって」

だ、ダメ! ダメよ、ダメよっ。ダメ〜〜〜っ!

私は右手に力を込めると、に一気に襖を開けた。


バシュッ


「ちょっと、あんたたちっ!! なにやって……んのよ?」

部屋に飛び込んだ私の目に映ったのは、ベッドの淵に座って私を見上げている二人の姿だった。

「ミサトこそ、そんなに慌ててどうしたのよ」

アスカがしらっとした顔で答える。

あれ? 二人とも服着てる。

「お、お風呂が空いたから、シンジ君に教えに」

「あっ、そ。シンジ、入ってきちゃいなさいよ」

「うん。そうだね」

シンジ君も、当たり前のように立ち上がった。
押し入れを開け、ガサガサと着替えを取り出す。

「アスカ、続きはまた後でね」

そう言いながら、着替えを左腕に抱えたシンジ君はそそくさと部屋を後にした。

なによ。あんたたちのその態度。普通じゃない。普通過ぎるじゃない!

アスカと二人きりになった私は、できるだけ平静を装ってアスカを振り返った。

「あんたたち、ここで何してたの?」

「見ればわかるでしょ? チェロよ。チェロ。シンジに教えてもらってたのよ」

アスカの言葉通り、アスカが手に握りしめていたのは、紛れも無く、シンジ君。
ではなくて、シンジ君のチェロだった。

「なんでチェロなんか」

「ミサト、シンジがチェロ弾いてるの見たことある? アタシ、お願いして時々弾いてもらうんだけど、そのときのシンジがすっごくカッコイイのよねぇ。凛々しいって言うか大人びて見えるって言うか」

ウットリしているアスカを尻目に、思わずポカンとなる。

「あっ、でもそれは関係ないのよ。そ、そうじゃなくて、弦楽器って素敵じゃない。優雅で気品あるというか。ほ、ホントよ。別にシンジがどうのって、関係ないんだからっ。ホントに、ホントに、チェロに興味があっただけよっ」

アスカは慌てた様子で首をブンブン振りながら、一気にまくし立てた。
でも今の私に、アスカの惚気話を聞く余裕などない。さっきの私のひとり非常事態はなんだったのか。そっちの解明が先だ。

「でも足を開けとか」

「両足の間にチェロを置くから、足を開かないといけないんだって」

「じゃ、力を抜いてっていうのは」

「ほら、弦を押さえるこの指。変なところに力を入れてると指がつっちゃいそうで痛くて、痛くて」

そう言いながら、アスカは弦を押さえていた左手を、グーパーして見せた。

「そ、そうなの?」

何事もなくて良かったという安堵からか、全身から力が抜けて行く。私はヘナヘナと壁に寄り掛かった。
そんな私の様子を、アスカが怪訝そうに見ていた。

「ミサト、何言ってんの? 少し、変よ」

「あっ、ちょっと、勘違いをね」

「勘違いって何よ?」

「たいしたことじゃないのよ。あなたたちの会話が聞こえたからちょっと勘違いしただけよ」

「アタシたちの会話? 足を開くとか、力を抜くとか、痛いとか?」

「まあ、そうね」

「足を開くとか、力を抜くとか、痛いとか?」

アスカは顎に手を当てて、首を捻った。

そして数秒後、突然アスカは顔を真っ赤に染めた。それはもう面白いくらい真っ赤に。耳の先から指の先まで。どうやら私の勘違い、いや、妄想に気づいたらしい。

「な、な、な、何言ってんの! そんなこと、するわけないでしょっ」

オタオタした様子で、私に噛み付いた。

「そんなこと? 私は勘違いしたって言っただけよ。アスカの方こそ何言ってるの?」

真っ赤になったアスカをよそに、私はしれっとして答えた。

クックック。この程度で真っ赤になっちゃうなんて、アスカもまだまだお子様ねぇ。
でもこの反応から察するに、やっぱりシンちゃんとはまだ何もないのかしら。

思わず安堵のため息が漏れる。

二人は自分達の置かれている立場をわかってくれているのよね? 私はあんたたちを信じていいのよね?

「いやぁねぇ、アスカったら。そんなに真っ赤になって。一体何を想像してたわけぇ? そんなことってどんなことかしら?」

「そ、想像なんかしてないわよっ」

「それにしては顔が真っ赤よ。あっ、もしかしてエッチなこととか想像しちゃったぁ?」

「し、してないわよっ。そんなこと想像するわけないじゃないっ」

私はニヤニヤしながら、アスカの反応を楽しむ。
プイッとしたアスカの隣に腰掛けると、わざとアスカに擦り寄った。

「ねぇねぇ、アスカとシンジ君、どこまでいってるわけ?」

「何がよっ」

「知ってるのよ。シンジ君と付き合ってるんでしょう?」

「!!」

アスカが大きく目を見開いて、私を振り返った。

「私を誰だと思ってんの。ネルフの作戦部長、葛城ミサトよ」

「それとこれと何の関係があるのよ?」

「何でもお見通しってこと」

私はエッヘンとばかりに顎を高く上げ、胸を張った。

「まさか監視カメラでも付けてあるんじゃないでしょうね?」

「何馬鹿なこと言ってんの。アスカ、あなたの態度を見てれば監視カメラなんかなくたって、すぐにわかるわよ」

「どういう意味よ?」

「だってアスカったらわかりやすいんだも〜ん。シンちゃんのこと見てボーッとしたり、後ろ姿追っかけたり。まさか、自分では気がついてないの?」

「ば、馬鹿なこと言わないでよ。アタシがそんなことするわけ」

突然、口ごもるアスカ。どうやら心当たりがあるらしい。

「ささ。早く白状しちゃいなさいっ」

「白状って言ったって」

「じゃ、付き合ってるのは認めるわね?」

「うっ、まあね」

擦り寄ったアスカの身体からほんのりと甘い香りが漂う。
私の鼻先を掠めたその香りにどこか大人になりきっていない幼さを感じて、アスカをより愛しく感じた。
そして思った。この子たちのためにも言っておかなくてはならない。私の立場と責任、そして私の希望と心からの想いを。

私は静かに切り出した。

「アスカとシンちゃんには、幸せになってもらいたいの。あなたたちには私たち大人の都合で、普通の子供がしなくていいような辛い思いをさせてしまっているんだもの。大好きな二人が幸せになるためならどんな協力も惜しまないつもりよ。でもね」

私は一呼吸おいてから少し身体を離すと、真っ直ぐにアスカを見つめた。

「この家に二人をおいておく以上、私にも保護者としての責任があるの。ネルフの人間としての責任もね。私の言いたいこと、わかるわよね?」

アスカは私の視線から逃げたりせずに、真っ直ぐに私を見つめ、そして静かにこう言った。

「安心して。ミサトが心配しているようなことは何もないから。アタシたちにはまだ早いってことくらい、アタシもシンジもちゃんとわかってるから」

私は再びアスカに肩を寄せる。

「心配なんてしてないわよ。私はあなたたちを信じてるもの。だって」

こういう関係を人は何て言うのかしら。姉妹? 親子?

家族?

みんながお互いを大切に思っていて、みんながお互いを必要としていて、みんながお互いを守りたいと思っている。

こういう関係を人は『家族』と言うに違いない。たとえ、血が繋がっていなくても。

私はアスカの肩に腕を回して、ギュッと抱寄せた。

「私たちは家族、でしょ?」

「当ったり前じゃないっ。アタシたちは今までも、これからも、ずっと家族よ」

そう言って微笑んだアスカは、どこか照れ臭そうに見えた。
改めて口にすると少し恥ずかしい。でも今の私たちは、間違いなく『家族』であると胸を張って言える。
シンジ君にもちゃんと伝えてあげよう。私たち三人が、かけがえのない『家族』であることを。

私たち家族に足りないのは血の繋がり。そしてそれを補うために必要なのは、言葉。

私は思いの全てを、言葉に託そうと思う。
私たちがこれからも『家族』でいるために。私の大事な『家族』を守るために。


...終



あとがき

ベタなオチですみません。
とにかく最後まで読んでくださってありがとうございました。
LASでありながら、今回はミサトを主役に大抜擢です。
ミサトが主役ということで、私の中のテーマは『家族』。
でも、あまり重くならないように、明るいお話にしてみました。
いかがでしたでしょうか?

次は何を書こうかなぁ。
次回の作品でもみなさんにお会いできますように。




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