「あー、つまんない」

アスカは一人リビングのソファに足を投げ出して深く腰掛けると、傍を通り過ぎようとしたペンペンに向かって話しかけた。

「ねぇ、ペンペン、聞いてよ。シンジったら、かわいい彼女を置いて一人で出かけちゃったのよ。せっかくの日曜日だっていうのに。デートしたかったのになぁ。ひどいと思わない? ねぇ、ペンペン?」

「クワァ?」

ペンペンはチラッとアスカに目を向けると、長居は無用とばかりに小走りで自分専用の冷蔵庫ルームに引きこもってしまった。

「もぅ! ペンペンまでアタシを見捨てるワケ?」

シンジは調べたいものがあるからと、朝から図書館に詰めている。
時間がかかることを想定しているのであろうか。テーブルの上には一人分の昼食が用意されていた。チャーハンとスープ。そして「温めて食べてね 」のメモ。一人分の昼食しか用意されていない。この家の主であるミサトも外出中で留守である。ミサトはリツコに呼び出されて、こちらも朝からネルフであった。つまりこの葛城邸にはアスカ一人なのだ。

そろそろ時計の針がお昼を知らせようとしていた。

「仕方ない。一人で食べるか」

シンジの作ってくれた昼食。おいしいはずの食事も、一人で食べるととても味気ない。

「一人で食事するなんて、久しぶりだなぁ。こっちに来てからは、必ずシンジかミサトがいっしょだったもんね。誰か早く帰ってこないかなぁ」


トゥルルルルル トゥルルルルル


お皿の上をスプーンが滑る音に、電話のベルが割って入った。

「誰よ。食事中だっていうのに」

せっかくシンジの手料理を味わって食べていたところに邪魔が入って、アスカは少しムッとしながら受話器をとった。

「はい。」

「あ、アスカ?」

「シンジ!!」

とたんにアスカの声のトーンが変わる。

「アスカ、今日これから何か予定ある? もし暇だったら今から出てこない? 思ったより調べ物が早く終わったんだ。映画でも見に行こうよ」

「ホント? うん。行く行く!!」

「じゃあ、僕はショッピングセンターの入り口で待ってるから。急がなくていいからゆっくりおいでね」

「ショッピングセンターの入り口ね。わかった。じゃあね」

返事もそこそこに受話器を置くと、食事の途中だったことも忘れて自分の部屋に飛び込んだ。


キャー、シンジにデートに誘われちゃった♪ どうしよう。何着ていこう。たまにはすっごくかわいいアタシを見せてドキッとさせなくちゃ。まぁ、アタシが何着てたってシンジはかわいいって言ってくれるに決まってるけどね。
あぁ、でもでも、どうしよう。早く行きたいのに着ていく服が決まらない。


タンスの引き出しをひっくり返して、鏡の前であれこれ服を当ててみる。


よし、決めた! レモン色のノースリーブのブラウスと白のサブリナパンツ。胸にギャザーが寄ってるから、いつもより胸が大きくしかもかわいく見えるの。
シンジ、気に入ってくれるかな? 頭にはお気に入りの赤い髪飾り。よし、準備OK!!


「ペンペン、行ってきまーす」

「クエッ?」

アスカの声にペンペンは冷蔵庫から顔を出すと、嵐のような勢いで飛び出して行ったアスカをボー然と見送った。



「うっ、暑い」

本日は快晴なり。
セカンドインパクト以降、季節の移り変わりはすっかり影を潜めてしまった。夏が大きな顔をして一年中居座っている。今日もジリジリと焼け付くような太陽の日差しが、容赦なく降り注いでいた。アスカの白い肌に太陽の光が突き刺さる。


ダメダメ。今はこんな日差し怯んでる暇はないの。ショッピングセンターまではバスで10分もかかるんだから。シンジが私のことを首を長〜くして待ってるはずだから、早く行ってあげないとね。


本当は自分がシンジに会いたくて仕方ないくせに、相変わらず強がりなアスカは、 シンジのためよと自分に言い聞かせながらバス停まで猛ダッシュしていた。
バス停まで走ったところで時間の短縮はたかが知れているのだが、アスカは一分一秒でも早くシンジに会いたかったのだ。

まさにバス停から発車しようとしていたバスを見つけて飛び乗ると、バスの手すりにつかまって息を弾ませた。

「ハァ。ハァ」


この程度の距離を走ったくらいで息があがるなんて、アタシも体が鈍ってるわね。
あー、このバス、もっとスピード出ないのかしら。


気が急いているアスカは、文字通りバスの中でも走りたい気分だ。


ピンポーン
「はい。並木通りに停車いたします」

運転手のアナウンスが流れる。

ピンポーン
「はい。次は……」


ちょっとちょっと、このアスカ様がこんなに急いでるときに限って各駅停車になるってどーゆーこと? いつもこのバス、もっと空いてるじゃない。もー急いでるのに!

あと3つ。

あと2つ。

あと1つ。次よ。次のバス停よ。


ピンポーン


きた! ついに到着。シンジ、待っててね。


バスの扉が開くと同時に、アスカは走り出した。
バス停からシンジの待つショッピングセンターの入口までは歩いてもほんの2〜3分の距離なのだが、そのわずかな時間も今のアスカには惜しい。


あの角を曲がったら、シンジの姿が見えるはず。
ハァ。ハァ。

ちょっと待って。アタシったらこんなに息を切らしていたら、ものすごーくシンジに会いたくて大急ぎで来たみたいに見えるじゃない。ダメ。ダメ。アタシはいつも優雅な身のこなしで美しくいないといけないんだから。角の手前でちょっと落ち着いてから行くことにしよう。


「ふぅ。 ふぅ。 ふぅ」


そろそろ大丈夫かしら。もういつものアタシよね。落ち着いているわよね。優雅に歩けるわよね。さぁ、行くわよっ。


アスカは何事も無かったように足取りも軽く歩き出した。


あっ、シンジよ。シンジがアタシに気が付いたみたい。こっち見てるもの。

すぐにでも駆け寄りたいところだけど、まだダメ。アタシはまだシンジに気づかないフリ。


あと10m……5m……3m。


ここでやっとシンジに気づいたフリをして、軽く右手を揚げる。シンジも手を振っている。

「おまたせ」

「アスカ、早かったね。急いで来なくても、僕ちゃんと待ってるから大丈夫だよ」

「べ、別に急いでなんかないわよ」

なんてウソ。早くシンジに会いたくて大急ぎで来たんだから。私の中の最速記録だわ。きっと。

「えっ!? でも」

「アタシがシンジとの待ち合わせくらいで、急いで来るわけないじゃない」

「えっ、そうなの? でも、それ」

そう言ってシンジはアスカの頭を指差した。

「それって何よ」

アスカはショーウインドウ映った自分の姿を見て、目を疑った。

「えぇぇぇぇぇっ!?」


な、な、な、なんなのこれ!? 思いっきり走ったせいで、オデコ全開じゃない! 恥ずかしいっっっ!


アスカは耳まで真っ赤にして俯いた。

「急いで走ってきてくれたのかと思ったのに」

「こ、こ、こ、これは別に走ったからじゃないわよ。流行の最先端を」

「ぷっ」

「くぅ〜〜〜、シンジのくせに何よっ」

「違うよ。別に僕はアスカの髪型のことを笑ったわけじゃないよ。その流行の最先端ていうのがおかしかったから」

「なによ! いいじゃない、別に!」

「ありがとう、アスカ」

「なによ、急に」

「急いで来てくれたんだよね。ありがとう」

そう言ってシンジはアスカの頭をそっとなでると、そのままアスカを自分の胸に抱き寄せた。

「別にアタシは」

「すごくうれしいよ。ありがとう」

「うん」

先程とは違う意味で顔を真っ赤にしながら、小さくうなずいた。

「さぁ」

シンジは体を離して右手を差し出すと、アスカの左手をそっと握り締めた。

「さぁ、約束通り映画見に行こうよ」

「ふん。シンジのくせに生意気よ」

そう言ってチラッと上目遣いにシンジを見て微笑むと、シンジもまたそんなアスカを見てニッコリと微笑んだ。


あー、アタシ今とっても幸せ。


...終


あとがき

短編2作目になりました『 きっと 』いかがだったでしょうか。
題名の『 きっと 』は、アスカの最後の幸せな気持ちを指しています。

今回は私の大好きな曲『 Ring!Ring!Ring!(Dreams come true) 』を
モチーフに書いてみました。
ちょっと浮かれちゃってるアスカがかわいいかな、と思っています。
また次作でお会いできますように。




目次     ホーム