ずっと考えていたことがある。
今日のシンジの誕生日の過ごし方。
たぶんアイツは今まで寂しい誕生日を過ごしてきたに違いないから、だからアタシがそばにいる今日の誕生日は少しでも楽しい思い出にしてあげたい。
年に一度の誕生日くらい、シンジに優しくしてあげる。

「ヒカリ」

「なあに、アスカ」

隣の席のヒカリが、アタシの方に身体を向ける。

「ねえ、今日の放課後、時間ある?」

「うん。何も無いけど、何で?」

「実はね、今日シンジの誕生日なの。みんなを呼んでパーティーでもしてあげようかと思って」

「碇君のお誕生日パーティね。喜んで参加させてもらうわ。碇君はもう知ってるの?」

「ううん、まだよ。これから話すわ」

「そう。でも、アスカ。みんなで押しかけちゃっていいの?」

「なんで?」

「本当は、碇君と二人っきりの方がいいんじゃない?」

神妙な面持ちで、ヒカリったらなんてこと言うのっ。
アタシは自分でも顔が、それこそ耳まで赤くなったのがわかった。

「な、な、アタシは別に」

「ふふふ。冗談よ、冗談」

「もう、やめてよね、そういうの」

「いつものお返しよ」

「もうっ」

アタシが自分の本心を話せるのは、シンジ以外にはヒカリしかいない。日本に来て初めてできた友達がヒカリだった。そして今では一番の親友。ドイツにいたときでさえこんなに心を許せる友達はいなかった。そんなヒカリには、きっとアタシの心の中はお見通しなんだ。
アタシは小さく膨らませた頬から息を吐き出すと、ずっと考えていたことをヒカリに話した。

「シンジ、ずっと両親と離れて暮らしてたから、たぶん誕生日なんてちゃんと祝ってもらったこと無いと思うのよね。だから今日は楽しい誕生日にしてあげたいの」

「そっか。アスカはそんなに碇君のことが好きなのね」

そう言いながら、ヒカリはアタシの顔を覗きこむ。

「な、何言ってるのよ。あ、あ、アタシはそんなこと一言も言ってないじゃないっ」

「はい、はい。そういうことにしておきましょ」

「もうっ」

まったく、ヒカリにはかなわない。ヒカリにやられっぱなしのこの状況を、なんとか抜け出さなくては。
アタシは自分の席で学級日誌を書いているシンジを呼んだ。

「シンジ! シンジ〜!!」

「何、アスカ?」

シンジは学級日誌を閉じて席を立つとこちらに向かって歩き出した。アタシはいちばんの笑顔でシンジを迎える。

「シンジ、今日誕生日よね?」

「あっ、覚えててくれたの?」

そう言ってシンジが微笑む。まるで子犬のような無邪気な笑顔。か、かわいい。
でもここで笑顔に見とれてるわけにはいかないの。
アタシは心の内を見透かされまいと、強い口調で答える。

「当ったり前でしょ。アタシを誰だと思ってんのよ。このアスカ様がシンジの誕生日を忘れるわけないじゃないっ」

「アスカ、またそういう言い方して! 大好きな碇君の誕生日だから覚えてるんだって言えばいいのに」

ヒカリがアタシを横目で睨んだ。確かにヒカリの言うとおりなんだけど、でもアタシの何かがそれを許さない。

「あ、アタシは別に」

アタシはシンジから目を逸らして、口ごもった。するとシンジはそんなアタシの様子を見ておかしなことを聞くじゃないの。

「アスカ、ミサトさんの誕生日知ってる?」

「し、知らない」

「綾波の誕生日は?」

「アタシが知るわけないじゃないっ」

「ふ〜ん、でも僕の誕生日は覚えていてくれたんだ」

「!!」

やられたっ! アタシがシンジのことばっかり考えてるの、バレた。
アタシの顔が赤く染まる。そんなアタシの様子を見てシンジはニヤニヤしてるし、ヒカリまで笑ってるし、ひどい!!

「そんなこと言ってると、誕生日祝ってやらないわよっ」

アタシは思いつく限りの最大級の仕返しの言葉を絞り出した。

「ごめん、ごめん。僕の誕生日を祝ってくれるの?」

「そうなの。碇君がご迷惑でなければみんなで碇君のお誕生日パーティーをしたいと思ってるんだけど、どうかしら?」

「みんなで?」

「そう。綾波さんや鈴原や相田君のみんなで」

「あ、ありがとう」

アタシに代わってヒカリが事情を説明してくれている。

「ご迷惑だった?」

「ううん、そんなこと。僕、そういうのしてもらったことないからびっくりして。でもとっても嬉しいよ。ありがとう」

今までの誕生日をシンジはどうやって過ごしてきたんだろう。なんでもない毎日と同じように過ごしてきたのね、きっと。通過すると1つ歳が増える、ただそれだけの、それ以外に意味を持たない普通の日だったのかもしれない。

アタシの誕生日も、特別楽しかった思い出はない。
パパは本当のパパだけどママはパパの再婚相手。アタシは、義理のママにはどうしても心を開けなかった。悪い人じゃなかった。でもやっぱりママじゃない。
そんなアタシにとってそこは決して居心地の良い家ではなかったけど、それでも彼らは毎年必ずアタシの誕生日を祝ってくれた。だから誕生日を祝うという形式は理解している。そこに心がこもっていたかどうかは、別として。

しかしシンジはそれさえも経験していないんだ。
お父さんが傍にいなかったから? ううん、碇司令じゃ傍にいても同じね、きっと。

そんなことを考えていたら、ふいにヒカリに声をかけられた。

「そう、良かった。ね、アスカ」

「そ、そうね」

「じゃ、お料理は私とアスカと綾波さんで作るから、男子は夕方まで外で時間を潰しててね。それまでにはご馳走を作っておうちで待ってるから」

「うん。ありがとう」

シンジの嬉しそうな顔を見たらなんだかアタシも嬉しくなってきた。今日は絶対に楽しい誕生日にしてあげる。



放課後買い物を済ませて帰宅したアタシたちは、ヒカリの指示によって手際よく料理を始める。
あらかた料理の目処がついてきた頃、ミサトと加持さんが到着した。家族の誕生日をお祝いするにはやっぱりみんなが揃わなくちゃ、ってことでアタシがミサトを呼んだの。

他人同士が集まって暮らすこの葛城邸。今となっては本当の家族より居心地が良い。
ミサトにとってもアタシにとってもそしてもちろんシンジにとっても、アタシたちはお互い新しい『家族』になっている。

そしてアタシが誕生日パーティーの件でミサトに電話したとき、なぜかタイミングよくミサトと一緒にいた加持さんにも声をかけたってわけ。ま、二人で何やってたかは知らないけどさっ。

ちょうど最後の一品がテーブルに並べ終わった頃、玄関からドカドカと足音が聞こえてきた。なんだか廊下が騒々しい。

「ただいま〜」
「「お邪魔しま〜す」」

「おっ、美味そうな匂いやないか」

「ホント、ホント。腹減ったなぁ」

「アスカ、ただい……」

リビングのドアが少し開いた瞬間、アタシたちは手に持っていたクラッカーの紐を、一斉に引っ張った。


パン パン パン


「「「お誕生日、おめでとう!!」」」

一斉に鳴らしたクラッカーと大きな声に、三人は口をあんぐり開けていた。

「あっ、ただいま。それにミサトさんと加持さんまで」

驚きのあまりシンジの口から出た言葉は、ちょっと場違いな声のトーンになっている。

「シンちゃん、お誕生日おめでとう」

「シンジ君、誕生日おめでとう」

「ミサトさんも、加持さんも、ありがとうございます」

ようやく状況をつかんだシンジは、頭を掻きながらみんなに礼を言った。

「ささ、シンちゃんはこっちのお誕生日席ね」

ミサトがリビングに広げた大きなテーブルの上座を指した。

「は、はい」

シンジから時計回りに、相田、鈴原、ヒカリ、アタシ、加持さんに、ミサト、そしてシンジの右隣にはファーストが座った。

「さぁ、シンちゃん、ジャンジャン飲みましょう」

「ちょっとミサト、今日はシンジの誕生日なんだからアンタが一人で盛り上がってどうするのよ」

ミサトのはしゃぎっぷりに、アタシは釘を刺す。

「気にしない。気にしない。おめでたいことはみんなで楽しまなくっちゃ。ねっ、シンちゃん」

「は、はい」

「おいおい、葛城。今日は飲み過ぎないでくれよ。酔っ払いの世話は、学生のときで十分懲りたからな」

「ごみん、ごみん」

ミサトが加持さんに向かって肩を竦めた。まったく加持さんの言うとおりよ。こんな酒癖の悪い人間が世界の中枢にあるネルフの作戦部長だなんて、未だに信じられないわ。
アタシも思わず肩を竦めた。
そんな折、シンジはテーブルの上のご馳走に目を見張って、驚きと尊敬の眼差しでヒカリにたずねる。

「これ、全部洞木さんが作ってくれたの? 大変だったでしょう?」

「そんなことないわ。アスカと綾波さんが手伝ってくれたから」

「そうよ。アタシが作ったのよ」

アタシは思いっきり胸を張った。アタシだってやればできるんだからっ。

?? 何かおかしい。 みんなの視線が。
疑ってるの? アタシが言ってること。

「な、なによっ。みんなアタシの言うこと疑ってんの!?」

「いや、疑ってるちゅうよりも、信じてないねんけど」

鈴原がニヤニヤしながら、アタシを見る。くぅ〜〜〜、ムカつく!!

「キーッ!! ジャージのくせにずいぶんなこと言ってくれるじゃないっ。アタシが料理できないって言いたいわけ?」

「おお。じゃあ、何作ったんか言うてみ」

「そのレタス洗ったの、アタシよ。それからトマトだって。それに」

「つまり、野菜洗い専門だったっちゅうわけやな」

「な、なによ。そんなこと言うならファーストだって」

「レイは何を手伝ったの?」

ミサトがファーストに笑顔でたずねた。

「お皿、並べた」

思ったとおりの回答に、アタシはしてやったり顔で鈴原に反論する。

「ほら、ごらんなさい。ファーストだってアタシと似たようなものじゃないっ」

「綾波も手伝ってくれたんだね。ありがとう」

シンジがファーストに微笑んでいる。
んんん?? なに、なに? なんでファーストにばっかりお礼言うわけ? アタシにはまだ何にも言ってくれてないのにっ。

「ほらほら、シンちゃん。アスカにも言ってあげなきゃ。あそこでふくれてるわよ」

アタシは無意識のうちに、頬を膨らませていたみたい。ミサトに指摘されて、自分のやきもちにちょっと恥ずかしくなった。
そんなアタシに向かって、シンジが言う。

「アスカ、ありがとう」

ありがとうの言葉に最高の笑顔を付けて。

「べ、別にいいわよ」

またしてもその笑顔にやられてしまったアタシは、赤くなった顔を見られまいと横を向いた。
そんな様子を見ていたミサトがアタシに助け舟を出してくれたのか、それとも早くビールを飲みたかっただけなのか、みんなを見渡して声をかけた。

「さ、いただきましょう」

「「「「「いっただきま〜す」」」」」

ミサトの掛け声で、一斉に箸が伸びる。
三人で作った料理(ほとんどヒカリが作った料理)はあらかた好評で、あっと言う間に、お皿から姿を消した。
みんなの話しは尽きることはない。

もぅっ。シンジったらファーストとばっかり話しして。席が隣だから仕方ないかもしれないけど、そんなに二人で話しこまなくたっていいじゃないっ。あぁ、アタシがシンジの隣に座れば良かった。
アタシがシンジの傍にいたくてしょうがないみたいに見えても、やせ我慢しないで、シンジの隣に座れば良かった。
あっ、今シンジのこと見てたの気づかれた? シンジがこっち見て笑ってる! もぅ、悔しい!!
アタシはシンジの視線には気づかないフリをして、軽くやけ食い。

そんなこんながあったけど、今日は葛城邸始まって以来の賑やかな夜になった。
シンジ、楽しんでるかな?

すっかり夜が更けてもなんだか一大ゲーム大会が繰り広げられていて、まだまだみんな大盛り上がりだった。
そんな中、シンジがアタシにそっと耳打ちした。

「アスカ」

「何?」

「ちょっと散歩に行こう?」

「今から?」

「うん。今から」

「まあ、いいけど」

こんな時間に散歩?と思ったけど、せっかくのシンジのお誘いだから、黙って付いて行くことにする。なんて、本当は内心大喜び。だって今日はシンジと一緒にいられる時間が全然なかったんだもの。もっとシンジとくっついていたいのに。
だからアタシが断る理由なんか全然なかった。
でもそんな気持ちがシンジに見透かされないように、あくまでも平静を装う。

「なんでこんな時間に散歩なのよ?」

「もう少しで僕の誕生日、終わっちゃうんだ」

「だから?」

「だから、残りの時間はアスカと二人で過ごしたかったんだ」

またコイツは。そんな恥ずかしいこと、どうしてサラッと言えるのよ。
でもうれしい。
シンジは赤くなって俯いたアタシの手を取ると、ギュッと繋いだ。

「どこ行くの?」

「う〜ん、そうだなぁ」

アタシの質問には答えずにシンジは黙って歩く。そしてマンションの駐車場まで来ると、そこにあるベンチを指差した。

「ここ」

「えっ? ここ?」

ムードもへったくれも無い場所に、アタシは半ば呆れ気味に聞いた。

「そう」

「アタシと二人で過ごしたい場所って、ここなの?」

「場所は問題じゃないよ。二人になりたかっただけだから。それに、こんな夜遅くに中学生がフラフラしてたらおかしいし」

「まあいいわ。とにかく座りましょ」

シンジらしいかと妙に納得して、アタシたちは手をつないだままベンチに腰を下ろした。
アタシはチャンスとばかりに、シンジにくっついて肩にもたれる。

「今日、楽しかったね」

シンジ、楽しんでくれたんだ。良かった。

「そうね」

「僕、こんな風にみんなでお祝いしてもらったの初めてなんだ。だからとっても嬉しかった」

「これからはアタシが毎年お祝いしてあげるわ」

「うん。ありがとう」

シンジもアタシに寄りかかった。
アタシの肩にかかるこの重みは、きっとアタシの幸せの深さと比例してる。とっても幸せな時間。
そんな幸せをかみ締めているアタシに向かって、シンジはポツリと話し始めた。

「今までは誕生日が来る度にずっと思ってたんだ。なんで僕なんか生まれてきたんだろうって。母さんが死んで、父さんに棄てられて、楽しいことなんか何にもなくて、何のために生きてるのかなって」

シンジの思いを、アタシは黙って受け止める。

「でも、今は違うんだ。心から生まれてきて良かったと思ってる。生きるってことは、こんなに幸せなことだったんだって思えるから。全部アスカのおかげだよ。アスカがそばに居てくれるから。アスカに会えて本当に良かった」

アタシも同じ気持ちよ。シンジに会えて、本当に良かった。
アタシたちの繋がれた手に、自然と力が入る。
アタシも同じ気持ちであることを伝えようと、アタシはシンジに微笑かけた。そうして見つめたとき、シンジの目が少しだけ濡れているような気がした。気のせいかもしれない。
でも、そんなシンジを見ていたら、どんどん愛しさが溢れてくる。繋いだ手だけじゃ、全然足りない。寄り沿って感じるこの体温だけじゃ、全然足りない。もっともっと近づきたい。アタシは引き寄せられるように、シンジの顔に自分の顔を近づけた。
吸い寄せられるように近づくシンジの唇。温かい息がアタシの鼻先をくすぐる。
ふふ。くすぐったい。
その先の心地いい時間を想像して、そっと目を閉じた……そのとき。


バサッ シャカシャカ ドスン


「痛いっ!!」
「おい、押すなよ」

突然の大きな物音にびっくりして振り向くと、駐車場の植え込みから見慣れた顔が覗く。
それはさっきまでワイワイ盛り上がっていた仲間たちだった。

「ちょ、ちょっと何やってるんですか?」

シンジが驚いてたずねる。

「あ〜、邪魔しちゃった? 気にしないで、続けて、続けて」

ミサトがニヤニヤしながら、右手をヒラヒラさせていた。
そんなお気楽なミサトを見ていたら、湧き上がってきた怒りは沸点目指して一気に加熱していった。怒りで顔が熱くなってくる。手がプルプル震えるが自分の意志ではとめられない。シンジが青くなっているのが目の端に入ったが、そんなの構ってらんないっ。
そして一瞬後に、アタシの怒りは爆発した。

「むぅ〜〜〜! アンタたち!! そこで何してんのよっ!!!」

アタシの怒りから逃れようと、ミサトが加持さんを前に押し出した。

「よぅ、アスカ」

加持さんはいつものように軽く右手を上げた。
その仕草が、かえってアタシの勘に障った。

「よぅ、じゃないわよ。アタシはそこで何してんのかって聞いてんのよ」

「あっ、それはだな、いやあ、葛城の酔いを醒まそうと」

「酔いを醒ます? ふ〜ん。じゃあなんでジャージやヒカリまでいるわけ」

アタシは鈴原を横目で探した。

「わ、ワシは止めようって言ったんやで。そやけど、ミサトさんが」

「ちょ、ちょっと鈴原君、何言ってんのよ」

ミサトが慌てて割って入る。

「本当なの、ヒカリ?」

ヒカリは困ったような顔をしながら小さく頷いた。

「う、うん」

やっぱり。主犯はミサトか。
アタシはミサトをキッと睨む。

「ミサトっ!」

「ごめんちゃ〜い!!」

酔っ払いのくせに、逃げ足は速いんだからっ。

「こらぁ、ミサト、待ちなさ〜い!!!」

アタシは自慢の健脚でミサトを追いかけた。酔っ払いごとき、捕まえるのなんか簡単よ。とは言えさすが軍人。少し手こずったけど、ようやくミサトを追い詰めると、引きずるように部屋に連れて帰った。

アンタのせいでシンジとキスし損ねちゃったじゃないっ。この恨み、どうしてくれようか。

さぁ、これからミサトにた〜っぷりお説教してやるんだから。
あっ、それから、あんな見つかりやすい場所を選んだシンジも同罪よっ。
ミサトのお説教に同席決定!!

で、その後は……ふふふ。さっきのやり直し。シンジにい〜っぱいキスしてもらおうっと。


...終



あとがき

前作「シンジ君の誕生日」はシンジ目線で書いたのですが、
同時にアスカの気持ちがとっても気になっていたので、
今回はアスカバージョンを書いてみることにしました。
「シンジ君の誕生日」と「祝ってあげる」を読み比べてもらえると、
より楽しんでいただけるんじゃないかな?と思ってます。
次回もがんばって書きますので、
また読んでくださいね。




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