「今ここでアタシをイカせることができたら、付き合ってあげてもいいわよ」
アタシは蔑むような目でアイツを見た。こんな馬鹿げたことを言ったのは、そんなこと出来るはずないと思っているから。長い間、ひとつ屋根の下に暮らしていながら、一度だって手を出してこなかったアイツには、そんなこと出来っこない。
思った通り、アイツは大きく目を見開いて、アタシを見つめていた。怯えたような目で、アタシの言うことがまるで理解できないという顔をして。
それも当然か。だって、ここは多くの人が行き交う駅の改札口。駅ビルの入口なんだから。
こんな場所であたしをイカせるだなんて、どうやって? 自分でもバカバカしいことを言ったものだと、鼻白んだ。
こんなやつが相手じゃ、たとえベッドの上でも、アタシが意識を手放すなんて有り得ない。それをこんな公衆の面前でやれと? うろたえているアイツを見て、フッと鼻で笑った。
「どうするの? できるの? できないの?」
挑戦的な視線でアイツを見上げる。
そう。身長ばかりはアタシをとうに追い越して、アイツの顔はアタシの頭の上にあった。なのに、中身は何も変わらない。気が弱くて、オドオドして、アタシの顔色ばかり窺って。アタシはそんな様子にほとほと嫌気がさしていた。
「どうするの?」
最後通告とばかりに、アイツに詰め寄る。
ほらね。やっぱりできないんでしょう? シンジには、そんなことできるわけないもの。
「で、でも、こんなところで……そんなこと……」
そんなのわかってるわよ。わかってて言ってるのよ。アンタのその態度がアタシをイライラさせるから、だからわざと言ってるんだもの。
アタシたちのすぐ脇を行き交う多くの人々は、シンジを睨みつけているアタシと、その視線に耐え兼ねて俯いているシンジに対して、好奇な視線を投げかけた。
でもアタシはそんなことどうでも良い。今はただ、目の前のシンジに向かって毒を吐き出してしまいたかった。シンジを追い詰めてやりたかった。それでアタシが救われるはずはないことは、十分にわかってはいるけれど。
もう一度聞いた。
「どうするの? アタシはチャンスをあげているのよ」
尚も返事をしないシンジに、アタシは業を煮やした。
「本気じゃないなら、二度とそんなこと口にしないで!!」
バカシンジっ。アタシは心の中で悪態をつくと、シンジに背を向けて歩き出した。
!!
立ち去ろうとしていたはずのアタシは、なぜかシンジの胸に、シンジの腕に、抱きすくめられていた。
壊れそうなほど、強い力で。そしてシンジがアタシの耳元で囁いた。
「いいの?」
「できるならね」
シンジになんか、できるわけない。アタシには根拠のない絶対の自信があった。
シンジはアタシの手を引いて歩き出す。連れて行かれたのは、駅ビル入口脇の大きな柱の陰。壁と柱の陰になったこの場所は人の波からは大きく外れた場所で、改札を潜る人たちの死角になっている。これから行われることを思えばここは恰好の場所だ。
シンジはアタシを壁際に押し付け、周囲からの視線を遮るように私の前に立ち塞がる。そして自分の着ているジャケットを広げて、その中にアタシを迎え入れた。これなら余程近くまで来ない限り、アタシたちが何をしているのか気づかれることはなさそうだった。
「本当にいいの?」
「本当にできるの?」
シンジはアタシを見つめて、そして唇を噛み締めた。
「本当にいいんだね?」
「しつこいわよ」
覚悟を決めたのであろう。シンジが、アタシに顔を近づけてきた。
キス、する気? アタシはキスしていいなんて、言ってない。
両手でシンジを押し返した。
「キスはダメ」
それを聞いたシンジは、少し怒った顔でアタシを強く壁に押し付ける。スルスルとシャツの裾から手を差し込んで、アタシの柔らかな胸を揉みしだいた。
今更なによ。首筋にシンジの熱い息使いを感じて、アタシは顔を逸らした。
突然だった。さっきあの場所で、シンジに言われたことに驚いた。
「僕と付き合って欲しい」
あの頃、アタシがどんなに望んでも言ってくれなかったくせに。抱きしめて欲しかったときには何もしてくれなかったくせに。何で今更そんなこと言うのよ。アタシがYesって言うとでもと思ってるの? そんなことあるワケないじゃない。
でも、ただフルだけなんてつまんないから。だから、ジリジリと追い詰めてやるの。無理難題を押し付けて、参ったって言わせてやる。そして、自分の言ったことに後悔すればいいんだわ。
知らぬ間にブラジャーのホックを外したシンジの手が、その感触を楽しむようにムニムニとアタシの乳房の形を変えた。乳首を指でつまんで、引っ掻いて、そして押し潰す。
そんなことあるワケないのに。あってはいけないのに。強く閉じたはずの唇の隙間から吐息が漏れそうになって、思わず息を止めた。
シンジの手で、アタシがイクなんて有り得ない。アタシがシンジを感じるなんて。
でもアタシの想いとは裏腹に、アタシの身体は敏感に反応し始めた。身体の奥が熱くなって、疼きだす。
ふと気付くと、シンジはアタシの反応を確かめるように、アタシの顔をジッと見つめていた。その瞳の奥に今まで見たことのないシンジの姿を見た気がした。
シンジの手も眼差しも優しいままだけど、でもアタシは今、確かにシンジに襲われている。そう思った途端背中がゾクゾクして、アタシの気持ちが高ぶるのを感じた。
左手が執拗にアタシの胸を攻め、右手がアタシの身体を這い回る。背中を下から上に撫で上げられたとき、不覚にもアタシは歓喜の声を上げてしまった。
「あぁっ……!」
思わず目が合って、シンジがフッと笑う。そして再びアタシに顔を寄せると、首筋に吸い付いた。
「あんっ……ダメ……」
身体の奥から、何かが溢れ出すのがわかった。
早く、触って欲しい。アタシの身体の中心に熱が集まる。暗黙のうちにそれを伝えたくて、アタシはシンジのシャツを握り締めた。なのにシンジはそんなアタシの様子にまるで気付いていない様子で、胸への愛撫を続ける。もう、アタシ……
「ぁ、あぁんっ……!」
その瞬間、シンジがアタシの頭を自分の方へ引き寄せて、強く抱きしめた。
「みんなに声、聞かれちゃうよ」
アタシはシンジの胸に顔を擦り付けて、声を飲み込む。でもそれはいくら飲み込んでも止む事なく、後から後からアタシを追い立てる。
先程まで胸を弄っていた手が下に滑り降り、下着の上から割れ目を撫でられると、アタシにはもう声を飲み込むことも、息を止めることもできなかった。
「あ、んぁああっ……!!」
「ねぇ、気持ちいい?」
切ない顔でアタシに問う。
そんな顔でアタシを見ないで。お願いだから、アタシに優しい瞳を向けないで。
シンジの手の平が、割れ目を包み込むように優しく行き来する。そして下着の上から手を滑り込ませると、ついにシンジの指先がアタシの核心に触れた。
「やっぁ……ん、あぁん……」
指先がそこを這い回るたび、クチュクチュと音がする。最早言い訳も出来ないほど、アタシがシンジを感じている証が、シンジの手に絡み付く。それどころかもっと気持ちよくなりたくて、シンジにピッタリと身体を寄せた。
「すごく濡れてる……」
「……ぃや……」
シンジの吐き出す熱い息さえも、アタシに快感を与えた。熱い息がアタシの肌を掠めるだけで、アタシの奥から熱いものが溢れ出す。
「何が嫌なの? こんなに濡れてるのに?」
シンジはアタシの蜜を指で掬い取ると、それをアタシの中心に塗り付けながら、軽く引っ掻いた。
「あぁああんっ……!」
自分から仕掛けた罠に、自分で嵌まってしまった。もう逃れられないほどに。
どこでこんなこと覚えたのよ。シンジの背後にアタシの知らない女の存在を感じて、なぜか息が詰まりそうになった。
ずっとアタシだけを見てたんだと思ったのに。ずっとアタシだけが欲しかったんじゃないの?
たった一瞬、他のことに気をとられていただけなのに、シンジは確実にそれを見抜いた。
「ちゃんと僕を見て。それで……もっと気持ちよくなって」
その言葉と同時に、シンジの指が熱い蜜壺に沈められる。
「……ぁあああっ!!」
その指は何かを探るようにアタシの中を掻き回した。指を増やして、指を折りまげて、中を擦りつけるように侵入を繰り返す。
もう……もぅ……アタシ……
そしてある一点に狙いを定めると、シンジは執拗にそこを攻め立てた。
「イッていいよ……僕の手でイッて……アスカ、大好きだよ」
「んんっ、あぁあああっ……!!」
ついにアタシは意識を手放した。アタシの身体が、自分の意志とは関係ないところで震えた。崩れ落ちそうなアタシを、シンジが強く抱きしめてくれる。
こんな筈じゃなかったのに。アタシの冷たい罠に嵌めようと思っただけなのに。シンジに身をゆだねてしまったことが、悔しい。
悔しい? 本当に?
約束だものね。約束を破ったら女が廃るから。だから。
「キス、してもいいわよ」
シンジは一瞬驚いた顔をして、そしてとても嬉しそうに笑った。
過去も未来も、恋の手順も、何もかも間違えてきたアタシたちだけど、でもここから始めることもできるかもしれない。
どんなに望んでも手に入らなかったものが、どんなに手を伸ばしても届かなかったものが、今、目の前にあるから。
ようやく手に入れた一筋の光を、アタシはしっかりとこの手に握り締めた。