新しい自分へ    written by 能登殿様


とあるショーウインドーの中を食い入るように僕は見ていた。中身はターコイズのネックレスとリング。バイトもしてお金もちゃんと足りる。後は僕の勇気だけだ。
「…逃げちゃダメだ。」
僕は店内に足を踏み入れた。
12月1日アスカの誕生日まで後3日のことだった。



かつて、と言っても半年程前だけど僕はネルフという組織でエヴァンゲリオンと呼ばれる巨大ロボットのパイロットだった。サードインパクトを起こす可能性のある使徒という生命体と戦ったんだ。それは学校のみんなが言っていたり、セカンドインパクト前によくやっていたアニメのようにカッコイイことでは全然無くて危険や痛み、恐怖を伴った。死にかけたことは何度もあるし、一度は僕は身体を失った。またそれまで父親に捨てられた経験からなるべく人と関わらないようにしていた僕はネルフで様々な経験をした。大人の哀しさや子供の無力感、みんなからの期待と嫉妬、友情と裏切り、自分の冷たさと他人の温もり。まだ辛かった記憶のほうが多いけれどそのどれもがこれからの僕を形作る経験だったことは否定しない。

そして今僕は恋をしている。
もう一人のパイロットのアスカと初めて逢ったのは海の上だった。第一印象は綺麗だけど乱暴でワガママな女の子。人付き合いの苦手な僕にとっては一緒にいると疲れる相手だった。だけど作戦上の理由から僕と彼女は一緒に暮らして行くことになった。最初はその作戦がうまくいってなかったこともあって随分ぎこちなかったけれど、やがてお互いいるのが当たり前になっていった。僕もアスカだけには対等に文句も口喧嘩もするようになった。作戦上でも僕とアスカでメインタッグを組むことも何度かあった。でもやがてあるきっかけから僕とアスカの関係はどんどん悪化していった。アスカはすべてに攻撃的になり、そんなアスカに僕は前のように向き合えずアスカの機嫌だけを伺ってアスカをますますイライラさせていた。

そんなアスカに最大のピンチが訪れた。いつものように現れた使徒に出撃していったアスカだったけれど相手は直接アスカの心を攻撃してきた。当時僕のエヴァは出撃を許されていなかったけれどアスカの悲鳴が聞こえて来た時気付いたら身体が動いていた。周りの声をすべて無視してアスカの元へ駆け付けていた。その後はよく覚えていない。僕もアスカも精神攻撃から護るためにLCL、(そうだねコックピットの気圧と考えてくれればいいかな。)の濃度を上げて強制的に気絶させられたんだ。その後使徒は後方支援していた、もう一人の仲間の綾波が特殊な武器で倒したらしい。

目が覚めると僕は命令違反の罰として10日間程独房に入ることになった。時々様子を見に来た保護者のミサトさんにアスカのことを聞くと三日目ぐらいまでは酷かったらしい負けてしまったことや精神攻撃のショックのせいだった。一度だけアスカに面会が許されて病室に行くとアスカはたまたま眠っていた。食事もとってない彼女の頬はこけはじめていた。
「…ねえアスカ、やっぱり僕はアスカを見失いたくないんだ。お願いだから前みたいに元気になってよ。ワガママだって聞いてあげるからまぶしいぐらい明るかった笑顔になってよ。僕の前にアスカがいてほしいんだ。」
結局アスカは眠ったままで話すことは出来なかった。でも独房から出された時待っててくれたのはアスカだった。
「ハン!やっと出て来たのね!?」
「ア、アスカもう大丈夫なの?」
「戦いはまだ終わってないんだからいい加減切り替えないとね。」
「本当!よかった!そうだよ傷付けられたプライドは」
「「十倍にして返す!!」」
久しぶりのユニゾンだった。
「アスカ荷物持つよ!」
「バカ…無理しちゃって。」
「何か言った?」
「荷物持ちなんて当たり前よ!バカシンジ!」

それからだったと思う。少しづつだけど僕達の関係が修復されはじめたのは。それは戦闘にも反映されてついに僕達は最後の使徒を倒し戦いは終わった。

そして僕の新しい戦いが始まった。僕はアスカに告白することにしたんだ。決行日は12月4日アスカの誕生日。プレゼントに誕生石のターコイズとゴールドのリングを贈ると決め半年バイトでお金を稼いだ。当日はサプライズパーティーを委員長達と計画している。9割方準備も終わってる。
ところがここまで来てリングを贈る意味を思い起こし弱気になってしまった。誕生石のリングは婚約指輪に使われる。アスカに対する想いには相応しいけれどこれじゃプレゼントを渡した段階でアスカに僕の気持ちがバレて告白すらさせてもらえないかもしれない。無難なネックレスにしておくべきかなぁ…。
アスカ程の美人が僕を選ぶわけはないし、でも気持ちだけでも伝えたいんだ。よしウジウジしていてもしかたない。碇シンジ勝負するんだろ!
「…逃げちゃダメだ」
僕は店へと一歩踏み出した。

お店の中は中学生の僕には少し背伸びしたような感じで他のお客さんは若くても大学生ぐらいだ。
「どんな物をお求めですか?」
人の良さそうな店員が聞いて来る。
「え、えっと誕生日プレゼントを買いたいんですけれど、ショーウインドーにあったターコイズのアクセサリーなんかいいかなって…。」
僕をほほえましそうに見つめながら
「わかりました。少々お待ち下さい。」
といって店員さんはショーウインドーの方に向かっていった。
「こちらでよろしいでしょうか?」
そう言って見せてくれたのはネックレスの方だった。まあ中学生がリングを贈るとは思わないだろう。
「あのリングもありましたよね。」
すると店員さんは少し困って
「実はリングはたった今あちらのお客様がご購入されて…」
「ようシンジ君じゃないか!。」
「か、加持さん!?」
僕の肩を叩いたのはネルフの加持さんだった。僕が頼れる数少ない大人で使徒との戦いでも支えてもらった。だけどこのタイミングはいいとは言えない。
「どうしたんだい、こんなところで?」
「加持さんこそどうしたんですか?」
「恐らくは君と同じさ。」
そう僕にとっては加持さんは頼れる大人であると同時に恋敵なんだ。男の僕から見たって加持さんはカッコイイ。そんな加持さんにアスカは昔から憧れている。
「どんな物を贈るんですか?。」
「ああちょうど自分のイメージにピッタリくるのがあってな、今包んでもらってるんだ。」
そこに別の店員さんがやって来て「お客様もう一度商品とラッピングをご確認いただけますでしょうか?」
そう言って僕が買おうとしていたあのリングを持って来た。
まさか加持さんがこれを買っていたなんて…
「ああ、それで大丈夫です。」
絶句した僕を見て加持さんは少し照れ臭そうに、
「ああ、いやそろそろちゃんと向き合うべきだと思ってね。使徒戦役やその前からずっと彼女の気持ちから逃げていたからな。」
僕の肩に手を置いて
「ま、応援してくれよ。」
そう言って加持さんはお店を出て行った。
「…お客様?」
「あ、はい!」
「代わりの物を見積もりましょうか?」
「あ、いえそのネックレスでいいです。」

家に帰った僕は急遽作戦を思案した。最大のライバル加持さんが買っていった、あのリング。ついに加持さんがアスカを受け入れるということなのだろうか。そんなの絶対嫌だ。でもただの中学生にするプレゼントじゃないし加持さんならアスカが自分に憧れていることも誕生日のリングの意味も知っているはず。つまりアスカへのプレゼントなら加持さんは本気だ。
しかし僕的には第二案を押したい。つまりあのリングは8日に誕生日を迎えるミサトさんへのプロポーズ。でもミサトさんが最近加持さんと連絡が取れないないとも言っていた。ああどっちだろう。いつも加持さんは葛城とアスカって言うのに今回は彼女としか言っていない。ああもうとにかく先手必勝だ。4日は平日だから加持さんは来ても夜だろう。サプライズパーティーの開始と同時にプレゼントと告白をしてしまおう。

「ただいまー!」
「ちょっと遅かったねアスカ。」何か嬉しそうにそわそわしている。
「いいことでもあった?」
「今日帰り際に加持さんにあってね。誕生日デートに誘われちゃった!!」


「センセ!いい加減元気出し!」
「惣流だけが女じゃないさ。」
「サプライズパーティーはおじゃんでも碇君はお家で祝って上げられるし!」
「碇君…ニンニクラーメンおかわり。」
アスカは学校が終わってすぐ校門からタクシーでデートに行ってしまった。本来サプライズパーティーをやるはずだったメンバーで洞木さんの家で『碇シンジを慰める会』を大ヒット公開中だ。
「やっぱり僕なんかじゃダメだったのかなぁ…」
「碇君…もう一玉。」


コンフォートに帰ってきた僕はケーキを作ることにした。きっとアスカはケーキを食べて来る。そうわかっていても何かせずにはいられなかった。アスカが加持さんに甘える。抱き着く。そんな想像してしまう自分が嫌だった。

ミサトさんは早々に宿直だと電話があった。アスカは11時を回っても帰って来なかった。まさか今日は帰らないんじゃ…
最悪の想像をしかけた時玄関が開く音がした。
「ただいま。」
「おかえり。ケーキあるんだ。食べる?」
「お風呂入ってからにするわ。」
「ちゃんと沸いてるよ。」
「あったり前じゃない。」
どうしたんだろう。もっと機嫌よく帰って来ると思ったのに。機嫌が悪い訳でもないみたいだけど。どっちかっていうと緊張してる?のかな。

「ん、ケーキアリガト!」
「誕生日だからね。プレゼントもあるんだ。」
僕がターコイズのネックレスを渡すと
「アリガト…でもミサトとお揃いか!」
そうアスカは加持さんの買ったリングをしていなかった。
「今日はとっても楽しかった。加持さんはアタシの家族として今日を祝ってくれた。今のアタシにはそれで十分。いろいろな愛情を知ったから。」
今のアスカの話を止めちゃいけない。
「ミサトと結婚するって聞いて素直に祝福できた。教えてくれてありがとう。私にはちゃんと話したかったって。私は大切な妹で娘だからって。最後に加持さんは言ったわ。誕生日は新しい自分がまた生まれる日だって。」

刹那甘い香りと柔らかさが僕を包む。
「だから言うわ。」
アスカは僕に抱き着いたままこう続けた。
「アタシはアンタのことが好きよ。」




...終



☆あとがき

突然お邪魔しましたKOUといいます。細々とLASやその他二次創作をしております。今回初メールと同時に御掲載を許して下さった向日葵さん。感謝感激雨あられです。普段携帯のメールで書いているのですがなかなか日の目を見ないで溜まっていく一方で…。

今回のアスカ誕生日SSお楽しみいただければ幸いです。こんな私の文章をもしもらってくださるサイト様ありましたら何とぞよろしくお願いしますm(__)m

ではもしどこかで見かけたらよろしくお願いします。



☆向日葵談

KOU様にアスカお誕生日記念作品をいただきました。ありがとうございます!
なんとも素敵なお話じゃありませんか。
あのシンちゃんがそれはもう勇気を出して、頑張ってるんです。応援せずにはいられません。
加持さんという強敵を目の前にしても、その気持ちはくじけることはなく、
シンちゃんもまた新しく生まれ変わった気持ちなのでしょうか。
アスカの最後の台詞が、ジーンとしてしまいました。君たちの未来は明るいよ。

KOUさんへのご感想はこちらまで。




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