あなたたちの幸せ    written by 能登殿様


いつもの番号を押し彼の声が聞こえるのを待つ。コール音に混じって玄関が開いた音が聞こえ誰かが帰宅したことを告げる。結局彼は出なかった。
「やっぱりでないか…。」
「加持さんですか?」
帰ってきたシンジ君が聞いてくる
「おかえりシンちゃん。仕事の電話にも出ないなんてあのヴァカはどこをほっつき歩いてんだか?…今日はバイトは?」
「今日は早番です。」
「無理はしないようにね。」
「はい。じゃあ夕飯作っちゃいますね。」
台所に入っていくシンジ君に私は心の中で手を合わせた。


最近加持君と連絡が取れない。ここ2ヶ月いつ電話しても留守電の音がなる。仕事の最低限の連絡が時々メモと置いてあるだけ。使徒戦役を勝ち抜いても戦後処理はそれなりに忙しい、それは確か。でもやっぱりずいぶんと仕事の量は減ったのに…。あの頃のほうがまだ顔を逢わせてた。やっぱり私達はダメなのかしら。当たり前よね、あれだけいろいろ言っておきながら私の方が加持君を利用してたようなものだもの。

それを抜きにしたって私みたいな女が幸せになれるわけないのよね。私は『家族』を護れなかった。かりそめとはいえ自分が望んだ『家族』を疎ましく思ったことさえあった。アスカやシンジ君を見捨てた。

今の私とシンジ君達の関係は全てあの子達がボロボロになりながら紡いでくれたもの、繋いでくれたものだもの。私は何も出来なかったし、しようともしなかった。だから戦いが終わったとき絶対に許してはもらえないと思っていたのに。

「初めて取り繕わなくてもいい場所をくれたのには感謝してあげるわ。」
「ミサトさんが最初に僕に『おかえり』って言ってくれたから…帰る場所があると思ったから最後まで戦えたんです。」

それなのに私はあの子たちに向き合うことができない。赦してくれたあの子たちの優しさが恐い。赦されている自分が恐い。普段ふざけ合ってる時ですら不安で堪らなくなる。


「ミサトさんもうすぐ誕生日ですよね?」
台所から聞こえるシンジ君の声が私を現実に引き戻す。
「そうね、そういえば後2週間ぐらいね。」
日付を確認して応える。
「ほしいものって何かありますか?」
「なんでもいいわよ?30なんて独身女にゃただの悲劇よ〜。そ・れ・と・も・アスカのプレゼントの参考にするのかしら〜?」
私の不安を隠すように私は大袈裟におどける。
「ち、違いますよ!大人の女性に何を贈ればいいかわからなくて、だ、だいたいアスカのプレゼントはもう決めてありますから!」
「ほう、それは興味深いわ。アスカに何を贈るつもりかオネエサンに話してみ!」
「や、やですよ!絶対言いません!」


私が今一番ほしいもの。誕生日に『あなたたちの幸せ』その証がほしい。『あなたたちの幸せ』を今度こそ護らせてほしい。そう言えたらいいのに。私にはその資格さえない。


今日はアスカの誕生日。でも今日は宿直が入っている。私がそうした。本当保護者失格。プレゼントは髪飾り。もうアスカがヘッドセットをつけなくてすむように。これが似合う素敵な女性になってほしいな…そう願いをこめてまだ眠っているアスカの枕もとに置いておく。シンジ君の枕もとにはケーキ代を、もっとも彼だったら自分で焼いてしまうかもしれないけれど、どのみち材料費にしても足りる分だけのお金を置いておく。
まだ日の出前、普段の私なら絶対に起きない時間に家を出る。
私には面と向かってアスカをお祝いしてあげる勇気がない。アスカにありがとうと言われることが怖かった。


ハッと目が覚める。どうやら宿直中に居眠りしてしまったらしい。日付が変わっていた。目を擦りながらふと気付くとメモが置いてあった。学生時代から変わらない加持君の字だった。
『8日は空けとけよ!』
来たんだったら起こしてくれればいいのに。そう思いながらも加持君が誕生日を覚えていてくれたことに喜びを感じている自分がいた。



この3日間はずいぶん浮かれていたと思う。いつもなんとも思わないことが嬉しかったりいつもよりずっとシンジ君やアスカが喧嘩せず仲よさ気に感じられたり我ながらずいぶん現金なものだ。こうして加持君を待つ時間が学生時代に戻った気がする。

二人とも仕事の都合があるからネルフ内のレストランで食事をする。二人で出会った頃からの話をしながらジオフロントの夜景を眺める。使徒と戦っていた時はこんな余裕はなかった。ふと沈黙が通り過ぎる。
「葛城。」
「何?加持君。」
「そろそろ苗字で呼び合うのはやめないか?」
「え?」
加持君が胸ポケットから小箱を出す。
「結婚しよう。」
中身は私の誕生石の指輪だった。
「ダメよ!!」
私は立ち上がって叫んでいた。かつてあんなに望んでいたことだったのに。
「私に家庭を求めたって私は応えられない!」
加持君は一瞬だけ驚いた後私の言葉を真剣に聞いている。
「私は『家族』を護れなかった。!私は今でも家に帰るたびアスカやシンジ君が怖くて堪らない!私みたいな女には無理なのよ。私は壊すだけ!ゴメンナサイ…本当に…本当にうれしいけどッ…」
もう無理だった。何とか耐えていた涙が零れる。人目を気にかけることもできない。私ってこんなみっともない女だったのね

『ヴ-ヴ-』
加持君の携帯が揺れる。こんな時でさえ仕事に邪魔される。私にはお似合いね。

「フッハハハ!」
いきなり笑い出した加持君に驚いて顔をあげると携帯を確認しながら
「ほら。おまえに見せろって。」
携帯を私に差し出して
「見てみな。」


『アタシとシンジはこういうことだからミサトもあきらめて幸せになっちゃいなさい!』

そしてメールにはおそらくはいきなり前に引っ張られておもいっきりつんのめってるシンジ君と片手でカメラに向かってピースを決めながらもう片方の手でシンジ君をしっかり引き寄せてキスしているアスカが写っていた。

「プッアハハハハハ!」
ああこの子達はどうして…私はお腹を抱えて笑いながら涙が止まらなかった。加持君も笑ってた。二人で馬鹿笑いしながら私の中にあった寂しさが埋まっていくのを感じた。
「ねえ加持君、私が一番欲しかったものが手に入っちゃった!」






「シンジ君遅いわよ!」
私は走ってきたシンジ君を叱り飛ばす。
「ハァ…ハァ…スイマセンミサトさん…ハァアスカは?」
「中で遅いっておまちかねよ。」
「いそがなきゃ…シントは?」
「ダンナと司令がウチのガキと一緒に面倒みてるわ。それぐらいしか役に立たないし。」
さっき様子を見たらずいぶん司令が青ざめていたけれど。
「ありがとうございます。」
「いいからいくわよ。」
私達は病院の廊下を走った。


「本当にありがとうアスカ。お疲れ様。」
「これがいむーと?」
「そ、あんたの妹かわいいでしょ!」
「うんママ!」
「ユイ…女の子だ。見ているか」
「赤ちゃん…温かくて柔らかいもの…いいにおいがしてかわいいもの。」
「アスカに似てべっぴんさんになるぞ、よかったなシンジ君!」
アスカが抱いている赤ちゃんはアスカによくにた金髪のそしてシンジ君の漆黒の眼を譲りうけている。
「シントと反対だね。」
私の息子のリョウイチが二人の長男のシント君に言う。
「うん僕は髪がくおくて眼がああいもん!」
「シント君はちゃんとお兄ちゃんになれるかな?」
私がおどけてそう聞くと
「うん僕がんばう!」
舌足らずな言葉でもはっきり返してくれた。
「コホン、シンジこの子の名前のことだが確か二人目は私が―」
「ダメ。女の子だったら私がつける約束。だからダメ。」
「レ、レイ!」
「私はあなたの人形じゃないもの。」
「レイ!!」
なにやってんだかこの二人は…
「あのそのことなんだけどアスカと話してね。今日生まれたことにもきっと意味があると思うんだだから…」
みんなの視線が私に集まる。
「12月8日ミサト誕生日オメデト!だからこの子の名前をプレゼント!」
アスカが満面の笑みで私に赤ちゃんを渡してくれた。

「いいの?」
「おねがいするわ。
赤ちゃんを抱いてほっぺをそっと触れる。
「ミユキちゃん。」
私の口から驚くほどすんなりと出て来た。
「ミユキね。ミサトにしちゃあいい名前よね。」
「ミユキ生まれて来てくれてありがとうね。」

そこからはミユキちゃんコール。司令なんか本当に泣いてたわ。
「ミサトさんいきなりありがとうございました。」
シンジ君が頭を下げてくれる。
「シンジ君私ね二回も同じプレゼントもらってこんなに嬉しかったの初めて。しかも今度の方がずっとうれしい。」
「二回ですか?」
シンジ君は不思議そうにしている。彼は知らない。私が家族の写真のほかにもう一枚肌身離さない写真があるのを。そういつだって私にとって最高のプレゼントは――
『あなたたちの幸せ』


...fine



☆あとがき

今回は『新しい自分へ』のミサトサイド&後日談です。最初はミサトサイドだけでLAS成分が薄かったのでボツにした『ミサトの誕生日プレゼントが二人の赤ちゃん』 というネタをくっつけることにしました。最後感じが違うのはそのためです。シント君は私のお気に入りのLASJr.の名前です。『現道』『新路』にたいして『真途』『進人』からとりました。ミユキちゃんはタイトルの通り『幸せ』からです。リョウイチは…適当です。スイマセン。シント君よりは4つ上です。ミサト誕生日でLAS上手くいっていれば幸いです。こんなのLASじゃないと言う方、大変申し訳ありません。勉強いたします。ではまたいづれ! KOU




☆向日葵談

KOU様にミサトお誕生日記念作品をいただきました。
ミサトがアスカやシンジのことをこんなに想っていたなんて。
なんとも温かい気持ちになりました。
そしてあのゲンドウが孫にデレデレ。ユイの目に狂いはなかった!!
「本当はかわいい人なんです」w
KOUさん、素敵な作品をありがとうございました。

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